読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

SuperBall のように。

とりあえず、好きなことともの。気になったことや疑問。独断と偏見に満ちた妄想。あたりで書いてます。

「ご本、出しときますね?」9

番組 書籍

今回もハショハショ、語尾バラバラでおおくりします、ごめんなすって。

 

 

若:窪さんは朝井リョウさんと同期。同期は気になる?
窪:朝井リョウ、柚木麻子とは猜疑心で結びついた3人。仲良いけど、ものすごい悔しがりで励ましあって仕事してるよりかは、誰かが賞とるとハンカチをキーッてやるような。ホントに涙流したり。
若:それが意外。作家さんは人間の感情を客観的に見たりしてるだろうなと思うから、自分の嫉妬とかをコントロールできる人達かと。
窪:全くできてない。崖の上にいる2人の足を引っぱりたい的な。
若:直接足を引っ張りたいんですね。笑  そういう人間的なところあるんですね。
柴:それを出し合えるのが3人のいいところですね。
窪:でも柴崎さんと一緒にビデオ見た時に、一番きついこと言うの柴崎さん。笑
 
「小説を読み終わってからも身近に感じている登場人物はいますか?」
柴:ふとした時に、この感じは前小説に書いてたことはこのことなのかなと後からわかるような小説が好きで。あと、登場人物のその後、あの人今頃どうしてるかな?とか。友達みたいに感じるというか。そういうのを書けたらいいなと思う。
若:終わり方もありますよね?余韻を残すようなの。登場人物の年齢に追いついたりして、あの人どんなだったかなとか。あと読み終わったら、映画化するとして勝手にキャスティングしたりするときある。
柴:ありますね。読んでる時に思いついてることもある。
窪:このキャラは俺!みたいなのはあるの?
若:若い時はありましたね、この役やりたいなとか。例えば村上龍さんの「69sixty nine」とか。高校生の時に高校生ものを読んでると、自分として読んでたかもしれない。大学生の時は「万能感」みたいのがあったんで、このシーンはこんな絵だなとか考えてた。
太宰治さんの「人間失格」とかだと、終わり40代ぐらい。なんだかんだあって40代、白髪になりましたとかあると、あー俺もうそんな歳かとか。
窪:太宰死んでるし!みたいな。
柴:だんだんそうなってくる。若くして死んだ作家さんだと、もう歳を超えてしまってたりとか。
若:その度に思うのが、司馬遼太郎長生きだな〜って思う。
 
「言語感覚は他人より優れていると思われますか?」
窪:大学4年生の息子がいるけど、若林さんのラジオのヘビーリスナー。息子は大学近くに離れて暮らしてて週一会うぐらいだけど、会った時に若林さんのラジオがめちゃくちゃ面白いという話をする。「自分磨き」という言葉を若林さんが使っていて、天才ですよと振ってきた。若林さんはそういう自覚があるのかなと。
若:自分磨きというのは、たぶん春日が作った言葉。ウチの相方が言葉に関してはちょっと変わってるところがあって、例えば「猫を猫って言いたくない」んですって。直接すぎると。直接すぎて重たいみたいな。こっからわからなくなると思うが、相方は猫全般をおもちと言ってる。おもちと言うとちょうどいいんですって。漫才のことはお漫才って言う。お笑いとして「自慰行為してて」って喋るのより、「自分磨き」とした方が春日のいうところのマイルドになってるんでしょうね。そこをなんて言うかはセンスになる。僕は今だに悩んでるんですけど、「僕と俺の間の言葉が欲しい」といつも思ってて。
窪:それは書いてる時も思うことがある。男性の主人公に喋らせる時に、その間がないのかなと。
若:女性は私があるから。
窪:でもひらがなで、あたしはやめようとかあります。
柴:それがその世界にあってる人もいますしね。
窪:そうですね。桃井かおりさんみたいな人が出てこないですから
若:俺小学校4年の時に、好きだった子がななめ前に座っててずっと好きだったけど、ある日を境に自分のことを「あたい」って言い始めて。すっごい恥ずかしくて大ッ嫌いになったことがある。
窪:女の子のあたいとぼく、どっちが嫌いですか?
若:ん〜「ぼく」はキツイかもしれないですね、申し訳ない。拘りが強そうで、その拘りが人付き合いとして難しくなる局面が来るだろうなって。
柴:「ぼく」は通ったことがあるので。会話ではないけど、書くので。ぼくで書くとフィクション感が出る。それもちょっと小説を書くきっかけになったかなって。
 
私のルール
「編集者さんの褒め言葉を100%信用しない」
若:これは窪さんですね?笑
窪:はいそうですね。笑  猜疑心美澄なんで。編集者さんは、褒め言葉の埋蔵量が人より違う。なぜ彼らが褒めるかというと原稿が欲しいから。それを鵜呑みにしてしまうと、自分が把握できないぐらいの予定を組んじゃうとか、義理とか、純粋な書きたい気持ちから遠くなっちゃうので。褒め言葉は無しとして、ありがとうございますと当然言いますけれど、信用してないです。
若:この人の感想だけは信用してるって人いるんですか?どう思ったか一番聞きたい人とか。例えば漫才作ってる時に、2つ考えたオチのうちどっちか選ばなきゃいけない時、自分だとホント50:50の時に、選んでもらうヤツがいる。そいつは全然面白くない芸人なんですよ。面白い芸人は、角度とか自分のセンスがあるから、それをやっちゃうとその人にウケないとかがあって。つまんない芸人ってお笑い超好きだから、ビックスモールンのゴンっていうんですけど、すごい一般にウケるのに近いんですよ。そういう人がいるから、漫才一本終わったらそいつに一番最初に感想もらう。だから信用してる人かな、簡単に言うと。
窪:朝井リョウさんとか同期の人がパッと面白いって言ったら、結構信用するかな。即物的にいいって言ってくれたら。
若:いい関係ですよね。でも、お互いの作品のことは言い方気をつけません?
窪:でも読んで面白かったら面白いって言うし、面白くなければ黙ってますから。何も触れない。
若:俺もライブ終わりで、見に来てくれた業界の関係者、芸人と飲みに行ったりする時に、面白くないと思ってるだろう時は内容について言ってこない。舞台監督誰やってるの〜?とか。
窪:本も、装丁をやたらに褒められる時はちょっと傷つくとか。笑
 
「『人の為』にやらない」
柴:大義名分とかを考えちゃう時は良くないというか。それをできる人はいいんですけど、まずは自分のできる範囲というかやりたいと思うことをやって、それが結果喜んでもらえるものになればいいですけど。例えば人じゃなくても、私は大阪なんですけど、「大阪の為になるから」みたいな大きなことをつけちゃうと良くないというか。無理すると結果出来が良くないものになったりするから。反省をこめて。 
若:恋愛関係の時に、相手の為に思ってっていうのが響かないとショックだったりしますよね。そういう時は思わないようにします?
柴:自分が言われると嫌じゃないですか?
若:俺ねすごい嫌なんですよ。でも俺ひどい人間なんですよ、女性を何人も泣かせてる。「若林君を思ってやったんだけどな。」って言われたら、「いや、頼んでねえから。」って言っちゃう。でも自分がね、経済の流れ上100%人の為を思ってなんてことはありえないと思ってる人間で。例えば、ボランティアにしても、気持ちいいじゃないですか備わってるじゃないですかそもそも、だから相手の為にもなってるし自分の為にもなってるっていう。どっちか一個じゃないから。でもそれをあなたを思ってって100で来ると、怒りが湧いてきちゃう。人間は結局合理的なことは取ってるからって思っちゃうから。
柴:でもそうなんですよ。人の為と思うこと自体が良くない、結局は自分の為にやってるのにおっきなものの為にやってるみたいな考えが良くないなって。
若:この番組がまさにそうで。出版業界の為にありがとうございますとか、為になってますとか言われるけど、いや俺が楽しくてやってるしとか思って。とんでもないですとは言うんですけど、俺がそもそも作家さんといろんな人と喋りたいですって頼んでやってもらってるから。
柴:そこでやっぱり出版業界の為になってると思い始めたらダメ、つまんなくなっちゃうと思うんですよ。
若:そうですよね、そう思ったら。
 
「気の弱ってる時に本屋さんの引き寄せ本コーナーに寄らない」
窪:私すごく気が弱くなりがちなので、迷いが生じやすいんですね。本屋さん好きなのでよく行くじゃないですか、そういう時に限って引き寄せ本とか自己啓発本コーナーに行っちゃうんですよ。まるで救いを求めるように読むんですけど、全然響いてこない。ある日ふと気がついて。引き寄せられてるのは自分なんだと。著者に印税は入ってるから、私はいいカモになってると思って。その循環に気がついて、外れたいなと思ってるんですよね。
若:心が弱る時っていうのは、窪さんはどういうタイミング?
窪:原稿書けない時とか、小さいことですごいクヨクヨしやすいので。
若:芯がスッと通ってるように見えますけどね。
窪:見えますけど、すごい疑り深くて。
若:本屋さんにはまたそういうタイトルのが並んでますしね。並んでるタイトルは全部つっこめますね。啓発本系。
柴:そんなわけないやろって。
若:それができたら本が出ないからなまず、とか。結局心理学ね、とか。でもファンの差し入れとかで、自己啓発本がめっちゃ多いんですよ。単純に、ナメんじゃねえよって思いますよね。笑
 
オススメ本
「猜疑心の話は盛り上がりましたね。疑いとか猜疑心が主題になってるような本、小説」
窪:疑り深い人間なんですけど、書く時は腰が座るんですよね。人の評判とかそういうのを書いてる時は気にしないんですよ。最近読んだ本で、栗原康さんが書いた「村に火をつけ、白痴になれ  伊藤野枝伝」伊藤野枝さんというアナーキストの方を書いたノンフィクション。伊藤野枝さんの人生を栗原さんが描いたもので。野枝さんの人の目なんか気にしない、やりたいことをやっていくっていうのを栗原さんが素晴らしい文章で書いてらっしゃるので。もしそういう迷いがあった時には、昔の日本にこういう生き方をした女性がいたんだと思うと、それを読むと元気になるかもしれないですね。引き寄せ本より良いと思いますね。