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SUPERBALLING

とりあえず、好きなことともの。気になったことや疑問。独断と偏見に満ちた妄想。あたりで書いてます。

Twitterログ 8/7(日)メモ貼り、ほぼ日メモ

 

 

ほぼ日、今日のダーリンより

うちの犬のことを、ぼくは冗談めかして
 「こころの狭い犬」と紹介している。
 とにかく、他の犬や、他のどうぶつたちのことを、
 なんだか知らないけど「許さない」のだ。
 強そうな犬のことは無視して見ないようにするし、
 強いとも思えないどうぶつには怒って見せる。
 テレビの画面の生きものたちに対しても、因縁をつける。
 家族を守ろうとする、忠実な犬とも言えるかもしれないが
 寛容さというものがまったくない。
 「偏狭」とか「狭量」と言うとちょっと気の毒なので、
 「こころの狭い」という表現でまとめている。
 
 「こころの狭い」という大きな欠点のある犬のことを、
 ぼくは嫌っているのかといえば、嫌ってはいない。
 むしろ、「こころが狭い」ことも含めて、好きなのだ。
 
 そのことについて、ふと思った。
 「こころが狭い」は、犬を嫌う理由にならないのか。
 では「こころの狭い人」の場合はどうなのだろうか?
 なかなかほめられない性格だとは思うけれど、
 「こころの狭い人」という理由で嫌うこともなさそうだ。
 そういうところがイヤだね、とか言いつつ、
 ぼくは、きっと彼(彼女)とつきあっていることだろう。
 そう気づいて、実はびっくりした。
 「こころが狭い」ことは、あんまり大事じゃないのか。
 「こころの広い」は、とても尊敬できることではあるが、
 偏狭や狭量と言われるようなことは、ま、いいのか‥‥。
 そう思ってさらに考えてみると、ぼくの友人や知人に、
 「こころの狭い人」も、けっこういる。
 そうか、「こころが狭い」のもオッケーなんだ、ぼくは。
 へーえ、とさらに考える。

 じゃ、なにがダメなのだろうか。
 盗癖があるとか、人を殴るとか、平気でウソをつくとか、
 そんな悪いことでも、もしかしたら場合によっては、
 「だけど嫌いじゃない」になる可能性もなくはなさそう。
 ドラマのなかには、そういう友人とかも、出てくるよね。
 なんだか、問題はそういうことでもないのかもしれない。
 じゃ、ほんとに、なんなんだろうなぁと、
 まだ「考え中」のままなのであります。

今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。
「いいやつだけど、性格がわるい」という人もいるよね~。