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SUPERBALLING

とりあえず、好きなことともの。気になったことや疑問。独断と偏見に満ちた妄想。あたりで書いてます。

Twitterログ2/26(日)ほぼ日メモ

 

 

今日のダーリンより

【・あるときから、思っている。すべての表現は、悪夢なのである。

悪夢といっても、悪のほうに意味を持たせる必要はない。夢だけだと、なにかいいことのように思われそうだから、悪夢と思うことにしたのだ。

セザンヌを見ても、ピカソを見ても、写楽を見ても、それが作者の悪夢なのだと思ってみる。どう解釈するのですか、というようなことは要らない。その悪夢につきあっていればいいだけだ。

シェークスピアでも、ドストエフスキーでも、ガルシア・マルケスでもハルキムラカミでも、文字になって表れてくる悪夢だと思って、それをいっしょに見ているようにする。

音楽にしたって、クラシックも、ロックも、ジャズも、耳で聴く悪夢なのだと思ってついていく。

こういうふうにすることが、まったくまちがいでとんちんかんなのかもしれない。ただ、こんなふうに思うようになって、 過剰な意味や、興ざめな説明にではなく、夢の時間の流れていくところに、乗れるようになる。

短い詩だって、悪夢だ。「万有引力とは、引き合う孤独の力である」谷川俊太郎の『二十億光年の孤独』の一行を、そういう悪夢だと思ってつきあってみようか。漂い、そして集まる文字とことば。そういう夢を詩人が見ている、わたしはそこにいる。

たのしい悪夢、うれしい悪夢、おそろしい悪夢、勇気のわいてくる悪夢、うっとりする悪夢、色っぽい悪夢、笑っちゃう悪夢‥‥。

本のなかや、映画館のなかにばかりあるわけじゃない。悪夢は、探せば、どこにでもある。あなた自身のなかに、こんこんと湧いている。

今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。悪夢はでたらめで、わけわからなくて、常識の前を走る。】