SUPERBALLING

とりあえず、好きなことともの。気になったことや疑問。独断と偏見に満ちた妄想。あたりで書いてます。

Twitterログ 8/9(火)メモ貼り、ほぼ日メモ

 

 

ほぼ日、今日のダーリンより

・「やさしく。つよく。おもしろく」
 ということばを説明するときに、こんなことを言う。

 まず、「やさしくは前提なんだよ。
 やさしくないチームでありたいとは思わないだろ」
 だから、このことばが最初に置かれている。
 「つよくなかったら、実現できない。
 あれいいな、これやりたいなと思ってても、
 やさしいだけのままじゃ、だれの力にもなれないよね」
 ふつう、企業はこの「つよく」を磨いて成長する。
 最後になるけれど、問題は、「おもしろく」だ。
 「おもしろくないと、人もじぶんもうれしくなれない。
 実は、いちばんのメシの種は、このおもしろくなんだよ」

 「やさしく」も「つよく」も、とてもわかりやすい。
 しかし、「おもしろく」というのが、むつかしい。
 しかも、「おもしろく」が稼ぎのもとだっていうのだ。
 ぼく自身には、言わずもがなというくらいに、
 身にしみてわかっていることなのだが、説明がしにくい。
 「おもしろく」って、なんなんだ?

 おもしろくない企画だとか、おもしろくないデザインを、
 「おもしろくない」と判断するのは、できるようになる。
 それは、ユーザーの一人一人が自然にやってることだ。
 しかし、「おもしろい」を出していくのが簡単じゃない。
 いつでも、ぼくは「おもしろい」のことを考えている。
 
 そんなある日、録画しておいた
 「シンガポール動物園」の番組を観ていたら、
 この動物園の考えていることとして、
 「環境エンリッチメント」ということばが出てきた。
 誤解を怖れずに、ぼくなりの翻訳をさせてもらえば、
 人間の管理する機能的な食事を確実に与えられていると、
 動物たちにとっては、「つまんなくなっちゃう」ので、
 豊かに生きられる変化のある環境を、つくっていく。
 つまり、動物にとっての苦労や工夫を必要とするけれど、
 「おもしろい」をつくるんだと、ぼくは受取った。
 そういうことだよ、「おもしろく」っていうのは。
 足りていて過不足ないだけでは、人にとって苦しいのだ。
 「おもしろく」がメシの種になるとはそういうことかも。 

今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。
生まれたての赤ちゃんだって、おもちゃを必要としてるよ。