SUPERBALLING

とりあえず、好きなことともの。気になったことや疑問。あたりで書いてます。

映画好きにはたまらないんじゃないか。「filmography」

結構な視聴回数だったので、だいぶ有名なのかもしれませぬが、いやー好き。

その年の相当な数の映画のシーンを切り取って編集したもの。一気に貼ります(2010年からで、今で5つの模様)

 

2010


2011

 

2012

 

2013


 

(2014はなく、2015はあげてる人が変わってる模様です)

 

2015


 

 

これは全部ハリウッド映画?的なのを扱ってるみたいですが、だからこそキャッチーな映像集になっているとも思います。

映画をよく見る人にとっては「これ見た見た!」という、コレクション心をくすぐるような感触もあったり、だからこそ「このシーンの映画はなんだ?」と知らないシーンの映画を見てみたい衝動にもかられる感じがして、面白い。

なので、一つ一つのシーンごとにハイパーリンク的なのが自然と埋め込んであって、気になったのをパッと見れたらもっと最高だな、なんてわがままを言ってみたり。(好きだからこそです)

メモメモ

Twitterログ 7/17(日)メモ、ほぼ日メモあり

 

 

ほぼ日、今日のダーリンより

・それなりに、これだけ長く生きてきて、
 初めて会う人だとか、はじめてやることがある。
 どうしていままで会わなかったんだろうとか、
 なぜこれまで一度もしなかったんだろうとか、
 少し不思議な気持ちもないわけじゃないけれど、
 人ひとりがせいいっぱい動いたところで、
 そんなになんでもできるわけじゃない。
 
 あえて避けていて会わなかったわけでもないから、
 いまだに初めて会う人がいるということには、
 感謝したいくらいだ。
 「初対面って、たった一回しかないからね」と、
 思わず口をついて出たんだけれど、
 これはずいぶん当たり前のことだが、
 ぼくにとっては大発見のように思えた。
 
 初対面の次に会ったら、それはもう初対面じゃない。
 でも、そのことについてよくよく考えると、
 二回目も、二度とないとも言えるということに気づいた。
 あらゆるものごとには、同じものなんか何ひとつない。
 知ってたようなつもりになっていたけれど、
 ほんとうは、まだわかってないくらいなのだ。
 
 ないんだよ、
 えらい価値の高そうなものだけじゃなく、
 ささやかなもの、くだらないもの、とるにたらないもの、
 なにもかもが、実は「ひとつしかないもの」、
 つまり「ふたつとないもの」で、二度ないことなのだ。
 複製があるじゃないか、とか、
 同じものをいくつもつくれるよとか、それはわかる。
 たとえば、デジタルな記号としては、
 つまり数字の1は数字の1として同じものではある。
 でも、リアルな世界にまったく同じものは、ない。
 
 ちょいとぼーっとした小学生よ、教えてやりたい。
 キミは、高級だとか利口だとかとは関係ないだろうが、
 「たったひとりのもの」であることだけはまちがいない。
 だからどうだっつーことを言いたいのじゃないけれどね、
 時も、人も、場も、モノも、関係も、
 それはすべて「たったひとつのもの」なんだよね。

今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。
わたしというたったひとつ、それなりにいいんじゃない?