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SUPERBALLING

とりあえず、好きなことともの。気になったことや疑問。独断と偏見に満ちた妄想。あたりで書いてます。

Twitterログ1/12(木)ほぼ日メモ

 

今日のダーリンより

・「わたしには、なにも言いたいことがない」
 というのは、いつでも、
 たくさんの人たちの大きなテーマになってきた。

 言いたいことがない、ということと、
 考えていることがない、ということとはちがう。
 思っていることがない、ということともちがう。
 感じていることがない、ということとはもっとちがう。

 腹が減ったなぁと感じることは、わるいことじゃない。
 不自由な状況にしばりつけられていて、
 つらいなぁと感じることは、なまいきじゃない。
 だれかさんのことを、なんだかいいなぁと感じることも、
 だれにことわる必要もない。

 なにか食いたいと思うこと、
 苦しさから抜け出そうと思うこと、
 だれかを好きなんだと思うこと、などなど。
 「なにも言いたいことがない」人も、
 そんなことを感じたり思ったりはしている。

 そして、そこから、
 「どうしたらいいのだろう」と考えることもある。
 考えることのないままに、
 わからなくなってしまうこともある。
 思い続けるのがたいへんで、
 忘れてしまうこともある。
 そんなふうなことも、わりと当たり前のことだ。
 
 ここまでは、みんなたいして変わりはない。
 同じようなもので、蔑むことも羨むこともいらない。
 そして、そのうえで、
 「言いたい」と思う人がいるし、
 「言いたい」と思わない人がいる。
 こころのなかは、そんなに変わらないのだけれど、
 「言いたい」人と「言わない」人に別れる。
 「言わない」人のこころに、なにかが、たまっている。
 言わないまま、なにかやりだすときもあるし、
 逃げ出すこともあるし、質問することもある。
 「どうして?」というのは、沈黙の花が咲くこと。

今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。
なにも言うことがない人も、「どうして?」を持っている。