SUPERBALLING

とりあえず、好きなことともの。気になったことや疑問。独断と偏見に満ちた妄想。あたりで書いてます。

Twitterログ 11/7(月)ほぼ日メモ

 

 

ほぼ日、今日のダーリンより

・いまでも自慢にはならないのですが、
 ぼくはいわゆる「晩熟」なこどもでした。
 晩生(おくて)とも言いますよね、それでした。

 家族は、ある程度はわかっていたようでしたが、
 じぶん自身が自らの晩熟に気付くのは、
 これもまた、ずいぶん遅くなってからでした。
 みんながこどもだった小学生の時代には、
 成長の遅さをあんまりわかってなかったのですが、
 同級生たちが大人になっていく中学生になると、
 「あれれ?」と、なんだか遅れていることに気づきます。
 からかわれやすい同級生とかが、
 晩生であることについて友人たちにいじられているとき、
 実は、そのからかわれているやつよりも、
 ぼくのほうが遅れていたということを、
 ぼくはだれにも言えませんでした。
 背の高さなんかも、後に近いまんなかあたりだったのに、
 いつのまにか、小さいほうから一番目二番目になってて、
 「そんなはずじゃなかった」というような気持ちだった。
 それは、高校になっても続いていました。
 
 身体的な晩熟だけでなく、ほんとうは、
 精神的な晩熟もあったのだと思います。
 いまさらで、しかもじぶんのことだけれど、
 友人たちに比べて、こどもっぽかったように思えます。
 しかしまぁ、こどもっぽいなりに元気に過ごしてました。

 体格のいいスポーツの得意な同級生たちだとか、
 知的に早熟というか大人びたことを考えている友人とか、
 「たいしたもんだなぁ」と思いながら見ていました。
 なにが優れているということもなかったけれど、
 卑屈になることもなかったし、突っ張る理由もなく、
 たいていの友人と平らにつきあっていられたのでした。
 学業のことで競争するような意識もなく、
 それ以外のことでもなにかを競うような場面もなく、
 高校時代を過ごしていた‥‥んだなぁと思えるなぁ。
 
 晩熟の遅れは、いつからか追いついていたのでしょうか?
 いやぁ、どうも、ずっと晩生のままで年を取ったような?
 特別に困ったこともないので、このままでいいか‥‥。

今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。
大の大人が、いまさら晩熟とか言ってるだけで変かもな~。