SUPERBALLING

とりあえず、好きなことともの。気になったことや疑問。独断と偏見に満ちた妄想。あたりで書いてます。

Twitterログ 6/19(日)ほぼ日メモあり

 

 

ほぼ日、今日のダーリンより 6/19

・まだ梅雨も明けてないのだけれど、
 真夏のような日がときどきあると、
 学校のプールのことを思い出す。
 どうして、あれほどプールが好きだったのだろう。
 夏の体育の授業に「水泳」があって、
 それはもちろんプールでやるわけだ。
 しかし、雨や曇りの肌寒い日には、それはしない。
 教室のなかの寒暖計が25度以上を指してないと、
 その日の授業はプールではやらない決まりだった。
 ぼくはいまでも夏の気温が25度以下だったりすると、
 「プールはなしだな」と考えてしまうことがある。
 たしかに、気温の低い日にプールで遊ぶと、
 全身が鳥肌になったり、唇が真っ青になったり、
 あきらかにこどもの健康によくなかった。
 こども自身も寒いのはいやだったのだけれど、
 それよりも水のなかでわーわー言って遊びたかったのだ。
 学校で、いちばん祭りっぽかったのは、
 プールでの授業だったのではないだろうか。

 ぼくは、日本が戦争で敗れた昭和20年から、
 3年経って生まれたこどもだった。
 小学生のときには、まだ戦争の余韻が残っていたと思う。
 ぼくの親の世代のことを、いまごろになって考えると、
 敗戦という日から十年やそこらで、
 よくあそこまで立ち直ったなぁと、ちょっと感心する。
 道路や、水道や、工場や、教科書や、
 それなりのインフラを整備していくのには、
 なかなか大変な苦労があったろうと思うのだ。
 その一部としての学校のプールを想像すると、
 「あんなによろこんで、よかったなぁ」と、
 大人になったぼくは、にまにま笑ってしまう。
 こどものためにプールは必要でしょう、と決めたもの。
 それを、あんなふうにこどもがよろこんだのだ。
 つくった大人もいいことしたね、と。
 よろこんだこどもも、大人孝行したな、と。
 
 戦後の貧しい時代の小学校のプールみたいなものって、
 いまだったら、なんなんだろうな。
 衣食足りているはずのいまの時代の、そういうもの‥‥。
 それを見つけたら、きっとおもしろいだろうなぁ。

今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。
修学旅行なんかにも、そういう意味があったんだろうねー。