SUPERBALLING

とりあえず、好きなことともの。気になったことや疑問。あたりで書いてます。

「さかなクンとお母さん」

「うれしい悲鳴をあげてくれ」

売れている文庫本の部分に置かれていて、タイトル名に惹かれ手に取ったのをおぼえています。
いしわたり淳治さんという音楽プロデューサーの方が、たくさん書かれた短編小説的ストーリーとエッセイを、一冊にまとめているものです。

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この本が大好きでしたが、その中でもすごく印象的だった題目が、

「一時間、語れることはありますか?」。

その中に、さかなクンと、さかなクンのお母さんのお話が出てきます。

中から多少書き出させていただきます。お許しください。

 

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さかなクンという人がいます。子供の頃から魚が好きで、自分で漁港を歩き回り、漁船に乗せてもらい、魚に触れ、魚の図鑑を読みあさり、世界中の水族館を巡り、魚の絵を描き、今では国立大学の准教授になり、テレビで魚について語ったり、とにかく魚とふれあうことを生業にして暮らしている。その情熱。魚に対する愛情。個性的すぎる個性。頑張っている自覚のない無限の頑張り。どれもが本当に格好良いと思います。

彼に直接会ったことはないですからこれは僕の想像ですが、テレビなんかで見る限り、たぶん彼は心優しい性格で人を恨んだり傷つけたりあまりしないタイプなんじゃないかと思います。自分勝手に好きなことをとことん追求していながら、性格も真っ直ぐに育っているなんて。妙なハコフグの帽子をかぶったり、早口のハイ・トーン・ボイスで喋ったり、ピギャーとか奇声をあげたりするから、だいぶわかりにくい仕上がりにはなっていますが、さかなクンという生き物は、ものすごく格好良い生き物だと僕は純粋に思うのです。

それに比べたらミュージシャンはどうでしょう。職業自体が格好良すぎて肝心の「生き物」としての格好良さがうやむやになりがちな気がします。人前でそれなりに楽器を弾いて歌ったら、「キャー」と声援があがったりする。もしそのとき「キャー」ではなく「ピギャー。あなたは僕が魚を好きなくらいに音楽が好きですか?」とさかなクンに問われたとき、「はい!」と胸を張って言えるミュージシャンは果たしてどれくらいいるんでしょう。

 

さなかクンは小学生のとき、母親に「誕生日プレゼント何が欲しい?」と訊かれて「金目鯛!」と答えたそうです。そしてその目玉がビー玉みたいであまりに綺麗だったから、目玉を取り出して机の引き出しに仕舞って鍵をかけたのだそう。それを聞いて僕はすごくいい話だと思いました。「あとで腐って異臭が出て怒られたんですぅ」とさかなクンは笑って話していたけれど、このときの母親の対応こそがプロデュースの基本なんじゃないかと思ったのです。そのとき母親は彼をどう怒ったのでしょう。誕生日に金目鯛を買ってあげる感覚をもっているくらいですから、きっとすごく粋な、愛のある怒り方をしたはずです。

 

僕は「ロック版さかなクンのようなミュージシャンと仕事がしたい。言うなれば、「ろっくクン」に会いたい。だからいつも「さかなクンの母親」的でありたいと思っています。いびつな情熱をちゃんと個性に磨いてあげれるような人でありたいと思うのです。

 

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自分にそこまで好きだと言えるようなものがあるか、自信がありません。なので、これからも探し続けると思います。(探すという時点で違うような気がしますが、後々見つかっていれるようにいたいです。)

自分が何かをしっかりできたことがまだ無いので、母親さん的な立場になれるまではまだまだ先のことですが、会うどんな人にも「母親さん的温度と視点」でいられたらと、心底心に響きました。

いらない偏見をもたず、相手のポジティブな温度を決してそがず、そのようにいてくれる相手自体を自分が素直におもしろがれる。おもしろい何かを探し続けるために、一番大事なことなんじゃないかなって思えます。

 

母親偉大。

 

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