SUPERBALLING

とりあえず、好きなことともの。気になったことや疑問。独断と偏見に満ちた妄想。あたりで書いてます。

メモ7/8(土)ほぼ日メモ

 

 

今日のダーリンより

・「ほぼ日手帳」のなかでも複数回紹介されたから、
 けっこうたくさんの人たちが覚えているかもしれません。

 「自分の歳を3で割ると、それが人生の時間だ」
 中学校の先生が、卒業する生徒たちに
 贈った言葉だそうです。
 君たちは、まだ夜明け前にいるのだと。

 「ほぼ日」に届いたメールで教わったことです。
 みんながそれぞれ、年齢を3で割って、なにか考えます。
 30歳でも午前中です。
 40歳だと午後の1時20分かな。
 50歳が、午後4時40分で、
 ぼくが「ほぼ日」を始めたのはこのころです。
 なにかと、あせることもないか、と思いますよね。
 ところが、いま、あらためてこの割り算をしてみたら、
 もうじき、ぼくの時計は
 夜中の11時になると気づきました。
 あらま、です。あと1時間で今日の日が終わっちゃう。
 若い人には勇気づけになるこの人生時計の考えは、
 年寄りの覚悟を決めさせることになるのでしょうか。
 そうです、それはそれでよろしい。
 ぼくはそれでいいと思います。
 深夜に、人が寝静まってから、
 死者のように感じ、思い、彼岸からの目を見開く。
 そういう時間を過ごすのがよさそうです。
 つまりそれこそが、還り道の生き方でしょう。

 でも、なげやりに歩いちゃだめだとも考えます。
 ちゃんと目を覚ましていようと、思います。
 いい加減で、どうにでもなれとか考えやすいぼくが、
 どうしてそんなしっかりした人みたいなことを言うのか。
 わりと、たしかな理由があります。
 もっと生きるつもりで生きていたのに、
 まだ6時くらいの夕暮れのうちに別れた人がいて、
 その人との時間を、まだ続けていたいからです。
 だから、たとえ11時でも、12時を過ぎても、
 起きて目を覚ましていようと思っています。
 話しかけてた、やりかけてたことの続きが、
 まだまだ、たっぷりあるのですから。

今日も「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。
欲深かなつもりもないのですが、まぁ、欲深かですかねぇ。