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SUPERBALLING

とりあえず、好きなことともの。気になったことや疑問。独断と偏見に満ちた妄想。あたりで書いてます。

Twitterログ4/14(金)ほぼ日メモ

 

 

今日のダーリンより

・毎日「ほぼ日」を読んでるし、書いてるし、
 それどころか「ほぼ日」に通っているものだから、
 この場所がひとつの「世界」みたいになっています。
 家と、道と、「ほぼ日」があれば、
 他になんにもなかったとしても、一日が過ごせますし、
 なにひとつ問題なんかありませんという感じになります。
 19年近く、やってきたのだから、ここが、
 「世界のすべて」みたいになるのも当然かもしれません。 
 でも、ほんとうは事実を知っているわけですよ、
 世界ってものは、もっとずっと広いってね。
 それは知ってるけれど、じぶんたちの世界が、
 それなりに広いような気になっちゃってるんですよね。
 注意しているんですけど、そういうことになっちゃう。
 日々、「ほぼ日」だとか、ほぼ日刊イトイ新聞だとか、
 すでに知ってる人とばかり会ってますから、
 ぼくらの住んでいる狭い「世界」を基準にして、
 みんなが「ほぼ日」を知っていると錯覚したりします。
 そんなことあるはずもないのに、錯覚しやすいのです。

 でも、「じぶんの世界」を出て「世界」を眺めたら、
 「ほぼ日」を知らない人のほうが、
 何千万倍も多いということがわかったりするんです。
 これを読んでいるあなたも知っているはずですが、
 隣りの人に「ほぼ日って知ってる?」と訊ねたら、
 かなり多くの人たちが「知らない」と答えるでしょう。
 「ほぼ日手帳」を使っている人にしたって、
 実際のところ、けっこう少なくないとは思います。
 とても愛されていることもよくわかるし、
 一年を通じて付きあってもらえるうれしさもあります。
 でも、同時に「なにそれ?」という人はいくらでもいる。
 嫌ってるとか無視しているのではなくて、
 「それを知らない」人がほとんどかもしれません。

 いまさら、どうしてこんなことを言ってるかというと、
 「ほぼ日」や「ほぼ日手帳」を知らなかったという人が、
 知ってる人よりずっと多いんだということを、
 知ってたけれど、いまさらまた知ったからです(笑)
 いまさらですが、もうちょっと、なんとかします。
 今日は、「ぼくらの世界の狭さ」について
 全員で考えるミーティングをやる一日です。

今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。
「立候補しない人は当選しない」の法則を思い出したです。