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SUPERBALLING

とりあえず、好きなことともの。気になったことや疑問。独断と偏見に満ちた妄想。あたりで書いてます。

Twitterログ3/2(木)ほぼ日メモ

 

今日のダーリンより

・なにか解決したい問題があるとき、
 その問題の中心に中心にと向かうのは、
 まちがった方法ではないのだろうと思う。
 おそらく、ぼくもそうしていることが多い。
 ただ、それは、問題に答えが出たときに、
 みんなが「よかったね」と言いあえるような場合だけだ。
 家の改築だとか、なにかの借金だとか旅行の計画だとか。
 そういうケースでは、中心の中心で、
 「いちばんいい方法は、これだ」ということが
 見つかれば、もうそれでいい。

 そうじゃなくて、複雑にからみあった問題だとか、
 人間関係そのものになにか問題があるときには、
 いちばん中心のところに解決を求めても、
 こじれていくばかりということがある。

 それが「正解」なのかもしれないけれど、
 人と人とが反発しあうようになったり、
 慰めようのないくらい悲しい目にあう人が出てきたり、
 だれもが、それぞれに孤立していったり、
 というようなことがあるものだ。
 話せばわかるというけれど、
 話してもわかっても幸せに近づかないこともある。
 
 どうなればいいのか、の、いちばん納得のいく答えは、
 みんなが幸せになればいいということのはずで、
 逆にみんなが不幸になるような「正解」は、
 選ばないほうがいいのだと思える。

 ぼくが思うのは、正解かどうかはともかく、
 できるだけ多くの人を不幸にしないことだとか、
 できるだけ多くの人を幸せにすることだとか、
 そして忘れちゃいけない、
 「わたし」を不幸にしないということだとかを、
 よくよく考えて、そっちの方に歩みだすことだ。
 
 妥協とか、いい加減とか言われるかもしれないし、
 そんなことでいいのか、とじぶんでも思うかもしれない。
 それでも、「わたしを不幸にしない」を忘れちゃだめだ。
 いちばん近くの、生きるべきいのちは、そこにある。

今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。
いちごのジャムを、ひさしぶりにじぶんでつくっています。