読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

SUPERBALLING

とりあえず、好きなことともの。気になったことや疑問。独断と偏見に満ちた妄想。あたりで書いてます。

Twitterログ2/25(土)ほぼ日メモ

今日のダーリンより

・「ほぼ日」の乗組員たちの名刺には、
 肩書きというものがない。
 どうしても肩書きの必要になる場所に向かうときには、
 たぶん「裏名刺」というようなものをつくるであろう。
 そういうものは、ふだんの仕事のなかでは不要だ。
 社内でも部長だの課長だのいう呼び方はない。
 みんなが「どうも、あったほうがいい」と言い出したら、
 そのとき、あらためて考えるようにする。
 唯一、役職名で呼ばれることがあるのは、
 実は「イトイさん」こと、ぼく自身である。
 仕事上のつきあいの人が「社長」とか言うものだから、
 それがおもしろいのか、社内でもよく
 「しょちょー」と呼ばれたりしている。
 ただ「社長」というより、ひらがなの「しゃちょー」ね。
 ぼくは、それをよろこんでいるわけでもないが、
 格別に嫌がっているということもない。
 「先生」と呼ばれるのは苦手だけれど、
 「せんせー」ならいいや、みたいなことと似てるのかな。
 どっちにしても、ぼくは、実を言うとですね、
 じぶんが「しゃちょー」であることを自覚しているのだ。
 意外? そうでもない?

 もちろん、「ほぼ日」をはじめるまで、
 あるいは、「ほぼ日」をはじめてからしばらくの間は、
 「しゃちょー」だと思わないように、
 そして、思われないようにふるまっていた。
 しかし、ちょっとずつ、それは変わっていったのだった。
 これ、無意識に近い感じで進んでいったことなので、
 ふとしたときに、「あ、おれは社長になってる」と、
 その都度、気づいてきたのでありますよ。
 たとえば「人間ドック」をきちんと受けようと思うとき、
 たとえば、タバコをやめようと決めるとき、
 たとえば、クルマの運転を慎重にしようとしたとき、
 それはすべて、「しゃちょー」の責任として、
 じぶんの命やら健康やらを粗末に扱っちゃいけないから、
 という考えがあったわけです。
 急にそうなったのではなくても、少しずつ、
 「おいら職人、風の吹くまま気の向くままよ」
 みたいなことを考えないように修練してきたのでした。
 そういうの、あんがいできるようになるものなんですよ。

今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。
「あなたひとりの身ではない」は、みんなに言えることさ。