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SUPERBALLING

とりあえず、好きなことともの。気になったことや疑問。独断と偏見に満ちた妄想。あたりで書いてます。

Twitterログ2/23(木)ほぼ日メモ

今日のダーリンより

・今回は、このリンクの先にある、
 2006年にぼくが書いた『ダーリンコラム』を参照してね。
 タイトルは「ちょっと低いところで落ち合おう」です。
 先日、「ほぼ日の塾」の受講生の人たちから、
 くりかえし質問されたのが、このコラムの内容でした。
 高いところをめざせ、ということをさんざん言われ、
 じぶんでも高いところに上がろうとしてきたのに、
 「低いところで会いましょう」みたいなことを言われた。
 これは、どういうことなんだろう?
 そんな気持ちがあったのだと思います。
 
 たしかに、高いレベルでの共感には、
 こころが震えるようなうれしさがあります。
 よくよく理解し合って握手できるときには、
 つくづくよかったなぁという実感もあるでしょう。
 だけど、「低いところで落ち合おう」という考えには、
 なんとなく妥協やガマンの感じがあるかもしれません。
 「狭き門より入れ」ということばに従って、
 真実にたどりつくという歓びに比べて、
 「広き門から入らせてもらいました~」は、
 いかにもバカっぽいかもしれませんよね。
 
 でも、ぼくはこの2006年のあたりで気づいたのでしょう。
 高いところでの、理想的な相互の理解‥‥なんて、
 本気でそれを求めていたら、じぶんの生きる場が、
 どんどん閉じていってしまうばかりだ、と。
 高いところをめざすのはかまわない。
 しかし、高いばかりが大切なことではない。 
 たぶん、このあたりのことについては、
 2006年のほうが切実に考えていたと思うので、
 そっちを読んでもらったほうがいいような気もします。
 
 ひとつ、まとめがわりにエピソードのようなものを。
 よく東京を離れて、地方に出かけていくと、
 「えーっと、だれだったか、樋口可南子さんの旦那さん」
 と微笑みながら近づいてくるおばちゃんに会います。
 昔は、ちょっと逃げ腰になっていたと思いますが、
 いまのじぶんは「はい、ヒグチさんのダンナです」と、
 差し出された手と、固く握手をします。
 いまのじぶんのほうがいい、と本人は思っています。

今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。
新井編集長の渾身の一冊「SWITCH」、買ってくださいね~。