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SUPERBALLING

とりあえず、好きなことともの。気になったことや疑問。独断と偏見に満ちた妄想。あたりで書いてます。

Twitterログ2/15(水)ほぼ日メモ

 

 

今日のダーリンより

【・じぶん自身が、「人生の先輩」の役をしなきゃならない場面もたまにはあるもので、それらしい顔で、それらしいことを言ったりする。ただ、もともとが頼りない人間だから、あんまり肚の据わったことも言えない先輩なのである。

ぼくが「人生の後輩」として、先輩に言われて、すごいもんだなぁと感心したことも、何度かある。故藤田元司監督が、満面の笑みで「いのちまでとられるわけじゃなし!」と言って、ぼくのおしりを叩いたのは、そのうちの一度だった。忘れもしない1989年の秋のことだった。日本シリーズの真っ最中、相手は近鉄、巨人が3連敗して迎える4戦目の試合前。藤田監督の姿を見つけて、がんばってくださいというのも申しわけない感じで、静かに会釈したぼくのところに、その笑顔が歩いて来た。「いのちまでとられるわけじゃなし!」の前に、なにか言ったのか言わなかったのか、憶えていない。時代劇以外で、聞いたことのないことばだったけれど、いちばんの当事者である監督から、逆に励まされてしまって、ぼくも笑うしかなかった。

あんな先輩のようになりたいものだ、と思うけれど、なかなかそうもいかない。いまになって思うのだけれど、あのときの藤田さんのすごみは、ことばではなくて、満面の笑顔のほうに表れていたのだ。ことばは、「よし、ここから4つ勝ってくるよ」でも、「さぁ、本気にさせられちゃったね」でもなんでもいい。先に笑って、その気持ちを伝えるようにしりを叩く。その、顔や身体の表現のほうがかっこよかったのだ。

1989年のことだったから、藤田さん58歳のときだ。監督を引退したのが61歳、いまのぼくよりずいぶん若い。しかし、先輩とはああいうものだと、ぼくは思っている。同じことはできないのだけれど、苦しいときに笑えるものでありたいし、うまくいっているときに、黙せるものでありたい。亡くなっていても、先輩は教えてくれるものだなぁ。

今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。ほんとうは、まだ後輩役を続けているのが、好きなんだよ。】