SUPERBALLING

とりあえず、好きなことともの。気になったことや疑問。独断と偏見に満ちた妄想。あたりで書いてます。

Twitterログ2/2(木)ほぼ日メモ

 

今日のダーリンより

・「初心忘るべからず」ということばがあるのは、
 そもそも初心というのは忘れられるものだからだ。
 初心者ならではの、思いこみがある。
 初心者だからこそのたのしみ方や、さみしさがある。
 初心者だから考える、常識外れもある。
 しかし、そういうことは、やがて、
 それなりに経験を積むと、すっかり忘れてしまうのだ。
 
 このことを知っていたので、
 ぼくは、初心者ならではの考えや思いを文章に書いて、
 『紙のプロレス』という筋違いの雑誌に連載を頼んだ。
 それは、やがて『誤釣生活』という本になったけれど、
 いまはもう絶版になっている。
 たぶん、これはぼくが「原稿用紙に手書き」
 というスタイルで書いた最後の本だったと思う。
 
 なにかを始めたばかりの人間のクレイジーぶりは、
 後に恥ずかしい思い出として残るくらいがせいぜいで、
 記憶からも抹消されてしまうことさえある。
 『誤釣生活』のころのまちがった発想こそが、
 ほんとうは大切なのだと、ぼくはあらためて思っている。
 あのころのぼくは、あらゆる水たまりが目に入ったら
 「ここにも魚がいるかもしれない」と妄想していた。
 いるはずのない場所だとか、いるわけのない魚を、
 知らないがゆえにイメージできていたのである。
 この想像力は、やがてうっすらと消えていくものだ。

 このごろ、「ちょっとすばらしいくらいの時期」に、
 成功した人やら組織やらは、どんな感じだったのか、
 いまごろだけど知りたいなぁと思っている。
 日本でいちばん大きなコンビニエンスストアが、
 数店舗だったときとか、せいぜい100店舗だったとき
 (ぼくは当然その時代を生きていたわけだが)、
 社会はどんな様子だったのだろう。
 ぼくは、他の人たちは、いくつものメーカーは、
 それをどんな目で見ていたのだろう。
 ここらへんのことが知りたくてたまらない。
 よその人や企業の「初心」を、同時代を生きていたはずの
 ぼくは、知ることができなかったのだ。
 「初心」そして「誤り」はすばらしい宝庫なのだと思う。

今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。
18年以上前の「ほぼ日」の初心は、まだよく憶えています。