SUPERBALLING

とりあえず、好きなことともの。気になったことや疑問。独断と偏見に満ちた妄想。あたりで書いてます。

Twitterログ1/28(土)ほぼ日メモ

 

今日のダーリンより

・エスカレーターで、地下鉄のホームに昇っている。よくは見えないのだが、じぶんの乗りたい電車が、いまホームに入ってくるようだ。動いているエスカレーターのステップを駆け上って、いま到着する電車になんとか乗ろうと急ぐ。ぼくも、そうするし、同じ電車に乗りたい人は、それぞれの速度で到着する電車の乗車口に急ぐ。

なぜ、これほど急ぐのだろうか。その電車の予約をしているわけでもないし、ひなびた無人駅じゃないのだから、乗り逃がしても、次が来るまで30分も待つというわけでもない。3分とか5分、せいぜい10分で次の電車が来るのに、どうして駆け出したり息を切らせたりするのだろうか。そんなことを、生まれて初めて考えてみた。

50歳になったくらいのころ、似たようなことを考えた。高速道路の追い越し車線を走っているうちに、ふと「となりの走行車線を走ってるほうがラクだな」と、突然気づいたことがあった。それまで、ぼくは、いつも追い越し車線を走っていた。それが高速道路での当たり前だと思いこんでいたのだ。あのときの発見と、よく似ている。

次の電車で行こう、と思ったとたんに、たとえば3分の時間ができる。人は、その3分のことを「むだ」だと思う‥‥。いや、「むだ」と思うことしかできなかったのだった。なにをすることもできない不要にして無駄な時間。これを、履き捨てるように扱うのではなく、「よし、もらった」と、休み時間にしてもいいのに。なにもすることがないという時間を、よろこべないのか?温泉につかってあくびしている時間だって、なにもしていない「むだ」な時間とそっくりだぞ。温泉には、わざわざよろこんで出かけていくのに、次の電車を待つ時間はあってはならない「むだ」なのか。その「むだ」を許せないから、前の電車に駆け込むのか?なんだか、ずいぶんと余裕のない考えだなぁと思った。目の前で電車のドアが閉まりぼくを乗せずに走り出した。「よし、ひと休みだ」と、試しにじぶんに言ってみた。

今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。もうちょっと、「むだ」をたのしむ練習を続けてみますね。》