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SUPERBALLING

とりあえず、好きなことともの。気になったことや疑問。独断と偏見に満ちた妄想。あたりで書いてます。

Twitterログ1/26(木)ほぼ日メモ

 

今日のダーリンより

・かつてデパートの広告をつくっていたからなのか、
 いまでも、デパートのことをよく考える。
 広告をつくっていた立場で、デパートの広告を見て、
 もっとこうだったらいいのに、とか、
 そっちへ行ったか、うーん‥‥とか、
 岡目八目の批評をだまってしていることもあったが、
 いまはもう、広告を見たおぼえもないので、
 その方面のことについてなんにも思うことはない。
 
 デパートのことを考えるのだけれど、
 いつのまにかデパートに行かなくなった。
 新宿のあのデパートには、たまに、なにかの催事で行く。
 銀座のふたつのデパートの地下食品売り場には行く。
 東京駅に隣接しているデパートも、弁当のために行く。
 いちばん縁のあった渋谷や池袋のデパートには、
 ほんとうに残念ながら、ほぼ、いや、ぜんぜん行かない。
 いや、でも、「水沢ダウン」の存在を知ったのは、
 渋谷のデパートの売り場でだったから、感謝している。
 
 デパートはたのしかったなぁとか、
 デパートはにぎわっていたなぁとか、
 昔のことみたいに語るのは失礼かもしれないし、
 ずいぶん薄情なことですなとか言われそうだけれど、
 現実に、デパートの広々して豊かなにぎわいとか、
 老若男女がうれしそうに集っていた感じは、
 いまは、どう見ても、ありゃしない。
 
 地価の高い一等地に、あれだけの広さがあって、
 それに見合うだけの売上げやら利益をあてにされたら、
 「じぶんだったら、なにをすると思う?」というような、
 余計なことを、ぼくはよく考える。
 そうすると、たいていは、同じような結論になる。
 人のにぎわいを取り戻そうとすることと、
 大きな売上げをあてにされることと、両方はむつかしい。
 もしかしたら廃業してしまったほうが、
 ビジネス的にはいいのかもしれないとさえ思える。
 だけど、それぞれのデパートのある「あの場所」を、
 使えたらいいのになぁと思っている人は、たくさんいる。
 いま、実は「場所」が足りてない時代だと、ぼくは思う。
 そこらへんに、デパートが乗り出したらなぁ。

今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。
劇場も展示場も広場も教室も、だいたい場所が足りてない。