SUPERBALLING

とりあえず、好きなことともの。気になったことや疑問。独断と偏見に満ちた妄想。あたりで書いてます。

Twitterログ12/5(月)ほぼ日メモ

 

 

ほぼ日、今日のダーリンより

・しばらくカメラを持ち歩いていない。
 iPhoneにカメラがついているから、
 それで写真を撮ることはあるけれど、
 だからカメラを持ち歩いている、とは思えない。

 カメラを持っているときには、
 写真を撮りたい気持ち、あるいは、
 これは写真にしたいぞという気持ちがあった。
 知らず知らずに写真のフレームをこころに持っていて、
 そこに、好きなどうぶつや、出来事や景色なんかを、
 ひょいっと捕まえて入れていた。
 カメラを持っていたときには、空き地がおもしろかった。
 濡れた道路や、そこを通るクルマ、人の足も、
 建物の角やら半端に見えている猫やら、雲やら、影やら、
 写真という容れ物があると、採集してみたくなった。

 カメラを持つって、そんなにおもしろいのなら、
 どうして、いま持ち歩かなくなったのか。
 カメラに写真を採集する遊びに飽きたからだ。
 飽きただけだから、またやりたくなるのかもしれない。
 でも、カメラを持った目で生きているということを、
 しばらく休んでみようかなと思っているのだ。
 まるで昆虫採集の捕虫網を持ち歩いてるようなことを、
 やめて、手ぶらで歩いていようというわけだ。
 まぁ、いちばん大きな理由は『気まぐれカメら』という
 「ほぼ日」での連載を終えたということなのだけれどね。

・カメラを持たなくなったけれど、もうひとつ、
 見えない道具を捨ててないままでいる。
 あったこと、感じたこと、思ったこと、考えたことを、
 ことばにして書くということは、ずっと続いている。
 じぶんが、こんなにおしゃべりな人間だということが、
 ちょっとだけれど、いやになることもある。
 黙っている時間を大事にしようとか言いながら、
 こうして、毎日たくさんのことばを吐き出している。
 それが仕事だからだというわけだ、おれは、蚕か?
 ‥‥なんてことも、こうして書いてしまっている。

 来年あたり、カメラを持ち歩かないように、
 ことばを持ち歩かない日々を、つくってみるつもりだ。

今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。
ぼくが夜中に起きている理由も、黙るためかもしれない。