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SUPERBALLING

とりあえず、好きなことともの。気になったことや疑問。独断と偏見に満ちた妄想。あたりで書いてます。

Twitterログ 11/28 ほぼ日メモ

 

 

ほぼ日、今日のダーリンより

『・たとえば猫がいる。

その猫にあたっている光が、猫のすがたを見せてくれている。光のないところでは、猫は見えない。どんなふうに光があたっているのか、それをレンズをとおして記録する装置がある。つまりはカメラだ。カメラで撮影した猫は、猫にあたっている光だ。

猫を絵に描くときにも、絵を描く人は、猫にあたった光を見ている。しかし、その光は、ときには意識され、ときには忘れられ、ときにはないものにされて、紙やカンバスの上に描かれる。光やら動きが、どう見えているのかのところで、まずは、もう、絵を描く人の勝手だ。そして、その絵を描く人の神経や筋肉の活動には、なかなか個性的ででたらめなところがあるがゆえ、描かれる猫は、猫そのものとは、ある意味、同じと言いにくいものとなる。それは猫という以上に、その絵描きの見た猫のような幻を表したものだ。

猫と、猫の絵は、ほんとは、ものすごくちがうものだ。猫の絵には、猫が描かれているようだけれど、猫を描いているという絵描きの行動が描かれている。

文章だって、そういうもので、猫がいる、とことばをならべて書いたからって、なにを言っているのかなんてことは、ほんとは決めつけられるものではない。猫がいる、と書くことで、こころのなかのなにかを押し出しているのかもしれない。

絵やら、文やら、音楽やらという表現は、人間のすばらしい隠しごとであり、しょうがないものだ。

今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。ついでだけど、「猫」と「描く」は文字がよく似ているね。』