SUPERBALLING

とりあえず、好きなことともの。気になったことや疑問。独断と偏見に満ちた妄想。あたりで書いてます。

Twitterログ 10/26(水)

 

 

 

・じぶんで、なにかしら機嫌がわるいな、と思ったときは、
 たいてい風邪気味だという法則がある。
 先日、ぼくはその気味だった。
 いまは、なんとなく風邪じゃない感じだ。
 機嫌がわるいのも、いつのまにか忘れていた。
 
 じぶんが、おおむね機嫌のいい人間であるのか、
 それとも、だいたいは不機嫌な人間であるのか、
 じぶんでは、よくわからないのだけれど、
 そうありたいと思うのは、機嫌のいい人のほうだ。
 たいていのことは、ありたい方向に向かうのだから、
 ぼくは、じぶんをしっかり持っていれば、
 おおよそ機嫌のいい人間に近づいていくのだと思う。

 機嫌のいい、とは、どういうことなのだろう。
 まずは、「不機嫌でない」ということは言えそうだ。
 不機嫌そうにして、周囲に対して威圧感を与える。
 そういう表現を、している人も少なからずいる。
 まぁ、そうやって存在を認めてもらいたいというような
 弱い気持ちが根っこにあるのかもしれない。
 また、体調がわるかったり、家庭にいざこざがあったり、
 人間関係でもめてたりで、不機嫌というのもある。
 ときには、世界や国内のニュースを見たり聞いたりして、
 不機嫌の種を収集している人だっている。
 「こんな世の中で、機嫌よくしてられるやつは、
 他人を虐げているか、鈍感な人間なんだ」とか言えば、
 なんだか不機嫌こそが「まっとうな人」みたいに思える。
 
 昨日会っていた南伸坊さんなどは、ぼくの知るかぎり、
 ずっと、だいたい機嫌のいい人だ。
 本人も宣言しているとおり、実は短気で、わがままだ。
 しかし、それでも、機嫌のいい人なのだ。
 矛盾しているようだけれど、そういうことはある。
 いつも笑ってばかりいるようにも思われているけれど、
 そんなこともない、マジな顔もするし、言うことは言う。
 体調が悪いというときなど、それを言う。
 しかも、よく考えたら、いやなやつがいたりすると、
 わりとロコツに不機嫌な顔をしていたりする。
 ありゃりゃ? そういう人でも機嫌よく思えるのか。
 それだったら、おれも、機嫌のいい人かもしれないぞ。

今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。
機嫌のいい時間を共にしている人を、機嫌のいい人と言う。