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SUPERBALLING

とりあえず、好きなことともの。気になったことや疑問。独断と偏見に満ちた妄想。あたりで書いてます。

Twitterログ 10/4(火)メモ貼り、ほぼ日メモ

 

ほぼ日、今日のダーリンより

・ずいぶん、何年も何年もくりかえし生きてきたけど、
 毎年かならず言われていることがあった。
 「今年の天気はちょっと変だね。ふつうじゃないよ」だ。
 特に夏の暑さや、冬の寒さや寒くなさ、
 そして雨の多い少ないに関係して語られる。
 一度として、「今年の天気は、ふつうだねぇ」
 ということは語られていない、一度としてだ。

 健康についても、似たようなところがあって、
 「最近、おれ、すっごくふつうなんだ」とは言わない。
 腰が痛くてとか、微熱があるような気がするとか、
 なにか「本来あるべき状態にない」ということを、
 探しては明らかにしたりしている。
 
・ふつうである、ということは、わかりにくい。
 体温なんかだと、ふつうであるという数字があって、
 それを目安に「ふつうじゃない」がわかる。
 この体温みたいなものっていうのが、
 ほんとうはいくつもあるのだと思う。
 おそらく医者や看護師なら、
 「ふつう」のものさしをいくつも知っている。
 おそらく、心臓の鼓動、顔色、小便の色、震え、
 瞳孔の状態、呼吸、まだまだあるんだろうな。
 それから外れていたら、「ふつう」ではない、と。
 ただし、外れているからといって「大変」でもないと。
 ほんとうに「大変」な場合と、
 外れているけれど「様子をみましょう」な場合と、
 どちらかを診断して、どうするかを決める。
 
・世の中で騒いでいることにも、
 ほんとうは「ふつう」のものさしがあるのだ。
 これくらいだと「ふつう」で、これを外れることもある。
 そして、これ以上だと「大変」というふうにね。
 それは、医療だけでなく気象でも、なにかの汚染でも、
 政治や経済や文化の状況なんかでも、
 36度8分で「大変だ高熱だ死ぬー」というわけではない。
 他の指標と照らし合わせて、ゆっくり寝てましょうとか、
 痛み止めを飲みましょうとか決めるのが判断だと思う。
 「ふつう」の範囲は、あんがい広いものなのだ。
 人間も、世界も、もろいけれどわりと強いものだ。
 
今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。
日本って歴史的に見てそうとう自然災害の多い島国だよね。