Twitterログ 9/21(水)メモ貼り、ほぼ日メモ
この頃特によく見ますねお忙しそうですhttps://t.co/l0AamR6zj3
— SuperBallkun (@s_ballkun) 2016年9月20日
公式の題名が「~してみた」なのはちょっと不思議https://t.co/FnHYCIjUhv
— SuperBallkun (@s_ballkun) 2016年9月21日
(僕が好きな人ってのは多分にあると思うが)これが他のCMと印象が違うように見えるのは、特にBGMが大きい感じがする。最後のコピーでふむと思ったけど、「酸いも甘いも」的メッセージで全体の温度感を上げるのにあんちゃんの曲は向いてるのかなhttps://t.co/ou55L6mgY4
— SuperBallkun (@s_ballkun) 2016年9月21日
→最近で(と言ってもだいぶたっちゃったけど)一気にちまたの人に聞いてもらった曲って、ドラマの主題歌になったこれだろうけど、そういえばまんまそういう風な曲だった。https://t.co/7JyvvGO9Pm
— SuperBallkun (@s_ballkun) 2016年9月21日
この場所に実際Airbnbで泊まれるってaudiさんやりますなー。ただ荒野を気持ち良く走ってるような映像ならいくらでも見てきた気がするけど、これはお金出して一歩踏み込んだ感あるかも。https://t.co/xEQjDSFsDg
— SuperBallkun (@s_ballkun) 2016年9月21日
2011『シルバー受賞、コロラド州のVailというスキーリゾートのためのアプリ、"EpicMix"。スキーパスにGPSを組み込み、EpicMixサイトと連動させることで自分がどこをどれくらい滑ったかを記録、→https://t.co/HMJvRhNeSZ
— SuperBallkun (@s_ballkun) 2016年9月21日
→さらにfacebookと連動させることで仲間と体験を共有できる。「俺、あそこの難所クリアしたぜ!」とか仲間と盛り上がりそう。』
— SuperBallkun (@s_ballkun) 2016年9月21日
(スキー場にもよるけど)スキー場で滑ったところとか、途中の休憩場所とかポイントごとを色付けとかしたら、「クリスマスツリー」っぽくなりそうとふと。
『アルゼンチンのNorteというビールの一風変わったCRMキャンペーン、"The best excuse ever"。CRMとは、Cause-related marketingの略で、→https://t.co/j65TbhLMxN
— SuperBallkun (@s_ballkun) 2016年9月21日
→世のため人のためとなる理由や大義(Cause)に商品を絡めるキャンペーン手法。ラテンノリでCRMをやるとこうなる。男がビールを飲みに行くときの言い訳と世のため人のためをうまくかけ合わせいる。募金に王冠を使うところとか、経過を可視化するところなど小技も効いている。』
— SuperBallkun (@s_ballkun) 2016年9月21日
言い訳を作る
https://t.co/oj8mvx8Yl5https://t.co/bZ5ems7LmF
— SuperBallkun (@s_ballkun) 2016年9月21日
なるほどこういう机の作りかたもありか。机にする前に持つ方が先だけど、、、https://t.co/Pl7G2YlrRo
— SuperBallkun (@s_ballkun) 2016年9月21日
https://t.co/XBJcz5wwkYhttps://t.co/gAALY0Kf9Q
— SuperBallkun (@s_ballkun) 2016年9月21日
OKかわいいhttps://t.co/Y40MhgsodF
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— SuperBallkun (@s_ballkun) 2016年9月21日
ほぼ日、今日のダーリンより
・時代がすこしずつ変化していくと、
あらためて考え直したほうがいいことも出てくる。
印刷物の価値というのも、そのひとつだ。
グーテンベルグによる活版印刷の実用化というのは、
歴史的な偉業だったということで、
ぼくらはその意味もよくわからぬまま学校で習って、
そのまま漠然とそのことを憶えている。
それまでの時代にだって、書も本もあった。
文字を書いたり、それを石に彫り付けたり、写したり、
暗誦したりということは、それまでにもあった。
しかし、グーテンベルグがやったのは、
当時にしてみれば「大部数」の聖書を、
短い時間で印刷したということだった。
手で書き写す「写経」にしても、
グーテンベルグの活版印刷で刷られた「聖書」にしても、
大変な動機や労力の要る仕事である。
そんなにまでして「書物」の複製をつくろうとするのは、
そこに記されている内容がありがたいものだからだ。
めんどくさいことを経てでも、読みたい読ませたいという
価値のあるコンテンツだったからコピーをつくったのだ。
時代が進んで、印刷技術もどんどん進化して、
紙や製本の都合もつけやすくなり機械化もできたが、
それでも、手間をかけて印刷物にするというのは、
「印刷するに足る内容」だから、だった。
そういう時代に「本を出している」というのは、
なんらかの意味で「ひとかどの人物」だと思われていた。
その時代が、いつごろまでだったかは知らないけれど、
いまは、印刷にしても製本にしても、
どこでも、いくらでも、手軽に安価にできる時代である。
「本を出している」ということの意味も、
とんでもなく軽くなっているはずだ。
印刷のコストが高くなくなったいまでは、
本がでているということが、内容の保証にならないのだ。
で、本題として言いたかったことは、以下の二行です。
「名刺」って、いまどういう意味があるんだろうね。
もう、やめてもいいような気がするんだよねー。
今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。
名刺よりいい「名刺的なもの」のアイディアって、ない?