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SUPERBALLING

とりあえず、好きなことともの。気になったことや疑問。独断と偏見に満ちた妄想。あたりで書いてます。

Twitterログ 9/18(日)メモ貼り、ほぼ日メモ

1日Twitterログ 広告メモ

 

 

ほぼ日、今日のダーリンより

・犬や猫ばかりでなく、生きものの世話をするときに、
 教科書的な本を読むと、ほとんど書いてあることがある。
 「清潔な水を用意します」である。
 生きもので、水を必要としないものは、おそらくない。
 だから、なんども目にした文章だ。
 生きものを飼うことになったときに、
 寝床、食事、運動、と、考えなくてはいけないことは、
 それぞれたくさんあるにちがいない。
 でも「清潔な水」は基本中の基本だろう。
 ぼくは、このフレーズが大好きになっていた。

 とても、おおげさに言ってみる。
 清潔な水が用意できる環境は、人の責任である。
 それを、確実に与えられる実力がなくてはならない。
 清潔な水を得られるまでの人の歴史に思いを馳せよ。
 いまも、清潔な水の確保できない場所や人がいる。
 そういうことをすべて含めて、言えるのが、
 「清潔な水を用意します」なのだ。
 
 「清潔な水を用意します」を基本にして、
 おまけに、「人間の飼い方」ということも考えてみた。
 人間とは、ぼく自身のことでもあるし、
 他のすべて人のことでもある。
 人間を飼うなら、これが最低の義務だということとは?
 「清潔な水を用意します」
 「暑さや寒さから身を守れる部屋を用意します」
 「清潔な寝具を用意します」
 「栄養があって、おいしい食事を与えましょう」
 ここまでだけでも、他の動物と同じように必要なことだ。
 ここに、あと、なにが入るのだろうか。
 「他の人間たちと、自由に会える環境をつくります」
 「じぶんで生きていける方法を教えていきます」
 「特に目的のない遊ぶための時間を確保します」
 「安心して生きられる環境を用意します」
 まだ、もう少しありそうだけれど、
 ここまでのことは、必ず必要なことだという気がする。
 刑務所は「他の人間たちと、自由に会える環境」だけが、
 与えられていないということなのだろうな。
 こんなことを整理してみると、
 ホームレスをやっていくのは大変なことだよなぁと思う。

今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。
あたたかいベッドで寝られる。これがぼくの感謝の源泉だ。