SUPERBALLING

とりあえず、好きなことともの。気になったことや疑問。独断と偏見に満ちた妄想。あたりで書いてます。

Twitterログ 9/16(金)メモ貼り、ほぼ日メモ

 

 

 

ほぼ日、今日のダーリンより

・未来から、現在を見るということは、
 ほんとうはできない、ということは知ってる。
 いつも、ぼくらは現在にしかいられないのだから。
 過去から現在を見ることも、もちろんできない。
 ぼくらはもう、過去にはいないのだから。
 (そして、ややこしくなるけれど、
 現在から現在を見るというのも、
 なんだかほんとうはできないような気がする。
 でも、めんどうだからそれは考えないようにしよう)。
 
 しかし、過去から現在を見ている人はいくらでもいる。
 過去のデータを集めて、その上に立って、
 現在を見たり未来を見ようとする人たちは多い。
 いやいや、そんなマーケティングの話ばかりじゃないよ。
 じぶんの息子を、ずっと10歳くらいのときのままだと
 思いこんで見続けている親とか、
 若い後輩のやっていることを、いつまでも、
 じぶんより劣っていると思いながら見ている先輩とかも、
 けっこう危ういことしてると思うんだよね。

 ぼくは、いつごろからか、イメージとしてだけれど、
 「未来のその先」みたいなところに、
 じぶんを立たせて、現在という「こっち」や、
 近い未来というものを見るようなことをしている。
 ただの趣味的なイメージの遊びだと思ってくれればいい。

 例えば、渋谷のスクランブル交差点のようなところを、
 これはずいぶん昔の景色だと思いながら見るのだ。
 未来の先に立っているじぶんが、
 過去の、つまり2016年の渋谷を見ている。
 そう思ったら、ずいぶん景色が妙なものに見えてくる。
 じぶん自身のことでも、この先の老後、の先の、
 「死んじゃったじぶん」がこっちを見ていると想像する。
 仕事も同じように、ずっと先に立ってこっちを見てみる。
 で、過去としての現在を、やさしく観察するわけだ。
 「まだこんなことやってたっけなぁ」と感じるんだよね。
 こっちから、なにかを積んでいってあっちに行くよりも、
 あっち側からの目で、こどもを見るよう現在を見る。
 これ、ぼくにはずいぶんおもしろい遊びになっている。
 コツをつかむと、けっこうできるようになると思うよ。

今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。
夢を持つのではなくて、「夢になる」ということなのかな。