Twitterログ 8/28(日)メモ貼り、ほぼ日メモ
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カットしてる効果を見せつつ、ペイント的に花粉自体を綺麗めに表現しちゃうhttps://t.co/Oe0Zf9aLS1
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版画風?と言えばいいのかわからんけど、全体がシンプルなんで、文字が多くて動きがあっても目で追いやすい気がする。https://t.co/LAsItLiMLy
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久しぶりに見たけど好きであるhttps://t.co/ts5CKGmn2F
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NAの心の声が自然でうまいからなのかすんなり見れるhttps://t.co/wKFRR536C0
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ほぼ日、今日のダーリンより
・先生や先輩たちから、さんざん言われてきたこと。
書物や、だれかの話のなかに何度も語られてきたこと。
それが「率先してやってみせよ」ということ。
あるいは「人は背中を見て育つ」です。
ぼくも、いまでも、その考えを少し持っています。
かつては、80%くらいそう思っていたかもしれない。
でも、いまは、「そういう場面も必要だ」くらいに、
どうでしょう、数字でいえば10%くらい思ってるかな。
そう言うと、「だめじゃないですか、そんなんじゃ!」と
お叱りがあるかもしれません。
はい。ぼくも、10%くらいはそう思います。
リーダーたるもの(ばかりでなく、志あるものは)、
人の模範となるように「率先してやってみせる」べき、
なのかもしれないですけれど、
ぼくはそう考えるのをやめています。
口ばっかりでいいとか、さぼれというわけじゃない。
「率先してやってみせよ」をやってみせている人は、
やってみせなきゃと思う分だけ、無理をするのです。
ふつうだったらしないな、と思うようなことでも、
みんなに「わたしはやっているぞ」と見せるために、
歯を食いしばって無理を続けたりしかねない。
「みんなが見ているから」と無理をする。
そして、無理をした結果できたことを、
「ほら見ろ、わたしはできたぞ」と、言ったりもする。
無理から無理への、無言の命令になりかねないのです。
無理をしてがんばるだけでできることというのは、
せいぜいが、定食の「大盛り」程度だと思うのです。
チームがみんなで、もっと成果をあげるためには、
無理をしないでさせないで、なにかを生み出すことが、
ほんとうには必要なのだと思います。
「リーダーが、あれだけがんばってるんだから、
わたしたちもがんばらざるを得ないんです」というのは、
美談っぽいせりふですが、それはダメです。
おそらく、親と子の関係でも、そうなんじゃないかな。
無理して「努力」を見せて、その総量を見せ合うって、
必要な場面も少しはあるかもしれないけどねー‥‥。
今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。
「なにしてるんだか?」と言われるしゃちょうになりたい。