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SUPERBALLING

とりあえず、好きなことともの。気になったことや疑問。独断と偏見に満ちた妄想。あたりで書いてます。

Twitterログ 8/28(日)メモ貼り、ほぼ日メモ

 

 

ほぼ日、今日のダーリンより

・先生や先輩たちから、さんざん言われてきたこと。
 書物や、だれかの話のなかに何度も語られてきたこと。

 それが「率先してやってみせよ」ということ。
 あるいは「人は背中を見て育つ」です。
 ぼくも、いまでも、その考えを少し持っています。
 かつては、80%くらいそう思っていたかもしれない。
 でも、いまは、「そういう場面も必要だ」くらいに、
 どうでしょう、数字でいえば10%くらい思ってるかな。
 
 そう言うと、「だめじゃないですか、そんなんじゃ!」と
 お叱りがあるかもしれません。
 はい。ぼくも、10%くらいはそう思います。
 リーダーたるもの(ばかりでなく、志あるものは)、
 人の模範となるように「率先してやってみせる」べき、
 なのかもしれないですけれど、
 ぼくはそう考えるのをやめています。
 口ばっかりでいいとか、さぼれというわけじゃない。

 「率先してやってみせよ」をやってみせている人は、
 やってみせなきゃと思う分だけ、無理をするのです。
 ふつうだったらしないな、と思うようなことでも、
 みんなに「わたしはやっているぞ」と見せるために、
 歯を食いしばって無理を続けたりしかねない。
 「みんなが見ているから」と無理をする。
 そして、無理をした結果できたことを、
 「ほら見ろ、わたしはできたぞ」と、言ったりもする。
 無理から無理への、無言の命令になりかねないのです。

 無理をしてがんばるだけでできることというのは、
 せいぜいが、定食の「大盛り」程度だと思うのです。
 チームがみんなで、もっと成果をあげるためには、
 無理をしないでさせないで、なにかを生み出すことが、
 ほんとうには必要なのだと思います。
 「リーダーが、あれだけがんばってるんだから、
 わたしたちもがんばらざるを得ないんです」というのは、
 美談っぽいせりふですが、それはダメです。
 おそらく、親と子の関係でも、そうなんじゃないかな。
 無理して「努力」を見せて、その総量を見せ合うって、
 必要な場面も少しはあるかもしれないけどねー‥‥。

今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。
「なにしてるんだか?」と言われるしゃちょうになりたい。