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SUPERBALLING

とりあえず、好きなことともの。気になったことや疑問。独断と偏見に満ちた妄想。あたりで書いてます。

Twitterログ 7/15(金)メモ、ほぼ日メモあり

 

 

ほぼ日、今日のダーリンより

・小学5年生のとき、おばあちゃん先生が担任になった。
 とても怖いという評判もあったけれど、
 前の担任にぼくはひどく叩かれたりしていたので、
 ぼくは、とてもよかったと思っていた。

 先生はクラスを8つの班に分けた。
 机も、7~8人ずつのブロックにして、
 いわば教室のなかに群島があるような感じだった。
 だから、先生が話しているときに、
 生徒たちはいろんな向きでそれを聞いていた。
 さまざまな問題を、班ごとに話し合って考え、
 班ごとの発表をすることになっていた。
 いまさら、おとなになってから思うのだけれど、
 どこかの研究会で知ったやり方だったのかもしれない。
 そんなことは、どうでもいい。

 班のなかに、いま習ったことをわかっている生徒と、
 まだわかってない生徒がいるとき、
 わかっているこは、わかってないこの手伝いをする。
 そんなことできるのかいな、と、思うかもしれないが、
 あんがい、できるものなのだ。
 教え方が生意気なやつは、好かれないので、
 ちょっとずつ態度を改めるようになったりもした。

 先生は、教室のなかをぐるぐる巡回したり、
 隅のほうで本を読んだりしていた。
 
 班ごとのメンバーは、「同じ班」という偶然から、
 だんだん仲間意識みたいなものが生まれてくる。
 と同時に、他の班との競争意識みたいなものも芽ばえる。
 そのせいか、個人個人の競争意識はあんまりなかった。
 5年生、6年生と、そういう先生と、そうやって過ごした。
 なんだか、とてもおもしろかった。
 授業って、あんなふうにうまくいくものなのかと、
 いまごろになっても感心してしまう。

 班ごとに「文集」をつくることになって、
 ぼくのいた班は、そのタイトルを『希望』とした。
 あのとき「希望」を強く提案したのは、ぼくだった。
 いまでも、「希望」っていいじゃない、と思っている。

今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。
「自由」も好きだけど「希望」はもっと好きかもしれない。