SUPERBALLING

とりあえず、好きなことともの。気になったことや疑問。独断と偏見に満ちた妄想。あたりで書いてます。

Twitterログ 6/28(火)メモ、ほぼ日メモあり

 

 

ほぼ日、今日のダーリンより

・録画しておいたドキュメンタリー番組を見ていたら、
 「その時代の精神をファッションに反映させる」
 というナレーションがあった。
 テーマが、ファッション界の歴史にまつわるものなので、
 こういうことばが出てくるし、それはとても興味深い。

 「その時代の精神をファッションに反映させる」
 言うだけなら、いくらでも言えそうなことばだ。
 「その時代の精神」というものが、
 どういうものであるのか、それが見えている必要がある。

 たとえばたとえば、だけれど、
 女性の社会進出が目立ってきたとか、
 戦争への予感を背景に、刹那的な快楽を求めているとか、
 経済が悪化して、節約を余儀なくされているとか、
 そんなふうな状況のなかから、
 「時代の精神」というものが生まれてくるのだろう。

 大胆にスカート丈がカットされたとき、
 フィットする衣服で身体の曲線が強調されたとき、
 簡素な素材があえて利用されたとき、などがあった。
 それが、おおいに受容され流行したとしたら、
 そういうものを歓迎する「時代の精神」があった、と。
 考えられるのかもしれないし、きっとそうなのだろうな。
 「時代の精神」が、生硬なことばとしてではなく、
 ファッションの表現として登場するなんて、
 人間の社会というのは、やっぱり愉快である。

 なんてことを思ったりしながら、録画を見ていて、
 ふと、このテーマを、読み替えて考えはじめた。
 「その時代の精神をアプリに反映させる」と。
 ずっと『ドコノコ』というアプリのことを考えていて、
 頭がなんでもそっちに向いていたせいだろうが、
 じぶんへのおもしろい問いができたと思った。
 (いろいろ食べたい。きれいなものがほしい。
 できたら行動的でありたい。人を傷つけたくない。
 周囲の友人仲間に認められたい‥‥etc etc)
 人の望むこと願うことのなかに「時代の精神」がある。

今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。
たぶん、時代の精神とは、少し先の時代の精神のことだ。