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SuperBall のように。

とりあえず、好きなことともの。気になったことや疑問。独断と偏見に満ちた妄想。あたりで書いてます。

「ご本、出しときますね?」11 (最終回)

番組 書籍

まさか知らぬ間に最終回だったとは。今回も語尾やら端折りまくってるんで、あしからず。ぜひ見れるうちに動画を。

 

 

6/24 角田光代西加奈子 後半戦(最終回)
西:角田さん九九ができない、8×8ならハッパじゃなくて、8を8回足しちゃう。でもそれがめちゃくちゃ角田さんを表してると思う。九九を覚えるのは便利で能率が良くなるためだけど、ホントはどういうことかというと8を8回足すこと。角田さんは小説でもそうで、これ書いたらカッコよくなれたり、これ書いたら能率よく次の場面に展開できるようなことをなさらない。ホントに8を8回出すような書き方をされる。ご本人がそう。
角:いや、九九は覚えておいた方が良かったなって。5まではできる。6以上が怪しい。
若:今から2時間あれば6から9の段まで覚えれるじゃないですか。頭も良いだろうし。そんなん絶対覚えれますよね?覚えようと思えば。
角:覚えようと思えば。
若:今度ロケでやってくれませんか?
西:受けちゃうよ!ヤメロよ!笑
 
私のルール
言霊に気をつける
角:わたし。性格がネガティヴだから悪く悪く考えてるんけど、それを口にしちゃうとホントになるから、言わないようにしてる。
若:例えば、幸福・不幸ぐらいわかりやすくして、不幸だなって思ってる時に不幸だなって言わないよいにしてると?
角:そうですね。書くのはいいと思う、言わなければ。日記とかに書いてはいるけど、今不幸だから明日も不幸っていうことは表現しないようにしてる。
若:今日1日パッとしなかったより、今日1日楽しかったと言った方が、人は楽しくなりますか?
角:そうですね。明日はきっと楽しいだろなと言ってた方が、そう思ってなくてもね。
若:俺はすごいわかる。明日クソつまんねえだろうなって言っちゃうんですけど、明日きっと楽しいだろうなって言うのって、もうウエイトリフティング80キロ上げてるのに近いぐらい言うのがキツイ。でも言霊にっていうのもすごいする。舞台に出る前に袖で思うことなんですけど、いつもまさに迷ってることで、「楽しく漫才するぞ」って思うとめちゃくちゃ疲れちゃう。「もう今日の出演者で1番スベってやろう」と思うと、ウワーッとヤル気が出てくる。それで迷ってる、どっち言うのがいいのか。まさにタイムリーでした。角田さんはいつも言う時に、楽しいことを言うようにしてます?
角:私も楽しいことを言うのはツライんですよね。むしろ言わない。
若:あ〜ネガティヴを言わない、ね。
角:明日楽しいぞとも言わないし、明日最悪だって思ってても言わない。
若:あ〜。日記で、今日1日楽しかったってことにして書くと、毎日が楽しい方向に行くって何かに書いてあったから続けてたんだけど、すごい疲れる。ノートに自分のことを徹底的に悪く書きまくると、ものすごい元気が出てくる。それを最近発見してて、これはおもしろいですね。
角:書くのはいいんですよ。私も書くのは悪い事しか書かない。日記が真っ黒ですよ。でもそれは活力が湧く。嫌なことを書いていれば言わずに済む。
若:そうそう!ノートに書いてれば無くなってくる、じゃあたぶん言霊ですね、デトックスってことですね。
 
「誰かは傷つけていると思いながら書く。」
西:昔震災があった後に自粛みたいなことがあったり、作家も例えば、ミュージシャンの方にきいたんだけど震災の前に書いた曲で「瓦礫を掻き分けてここまで来た」みたいな歌詞、それはメタファーみたいな歌詞なんだけどそれを変えてくれってことを言われたりとか、配慮してくれとか。作家はそういう圧をほぼ受けない職業だけど、それでも自分自身で、震災にあった人はどう思うだろうってことがあった。でもはたと気づいて、それを今思ってるのってめっちゃ規模が大きかったからだけやんって思った。例えば、普段「全力で走った」って書いたら、走れない人を傷つけてるかもしれない、それはもう優劣じゃない、数じゃなくて、そういうビビットに震災後だから気をつけなきゃとかじゃなく、常に思っとこうと思うようになりました。
若:予期せぬところで傷つく人がいるかもしれないですしね。
西:それを無自覚でいたくないと思う。傷つけたくないはムリだから。ただ、傷つけてるぞって思いながらやって、作品に責任取るっていうのをやろうかなってのはすごい思うようになった。
若:小説を書いてて、それで傷つく人が出ちゃうなって思って、その表現を変えることはありますか?
西:それが物語にとってすごく必要な表現やったら変えない。でもただセンセーショナルのためだけの文章やったら変える。そこはやっぱめちゃくちゃ考えないといけないなと思います。でも作家である限り、自分の表現にビビったらあかんなってのは思うから、そこはそれこそウエイト上げる感じでふんばって書きます。
若:角田さんはどうですか?  受け手によって違うと思うんですけど、それを考えるときありますか?
角:ありますね。今が特殊っていうか、一昔前は無自覚に書けた、わりと書いてもこの表現が人を傷つけるっていう感想がなかったと思うんですよね。それがこの数年になって、この表現で傷ついたっていうのが普通になってきたなっておもって、その時に自分はどうするんだろうと。でもそれを考え出しちゃうと、何も書けない。それはこわいっていう気持ちもあるし、こわさを引き受けないとっていうのはありますよね。
若:お笑いっておもしろいのが、ひくっていうのがあるから、なんていうか人間ってけっこう善の気持ちがすごい強いんだなって思うことがありますね。例えば、ハゲてる人を舞台上でいじってて、この表現までは笑うけどこれ以上は引いて受けないっていう、正義のラインみたいなものがちょうどあって。ラインを超えないまでは笑うんですよね。
西:でもそのラインって誰が決めてんって思わへん?
若:それはでも俺けっこう怖くなくて、そのラインがあることが希望。ぼく救われました。全然売れてないよなって人いじってて、いじりすぎたら勝手に引くから。愛があるところまでは笑うから、それはけっこう人間って直感的に良いことと悪いことを判断してて、わりかし俺が思ってるより引くのが手前だから、みんないい人なんだなって単純に思っちゃう。
 
「ズルをしない」
若:ズルってどういうズル?
角:マラソンとかだとわかりやすいんですけど、歩いちゃうとかね。歩かないようにしようと思って。
若:へ〜、辛くても走ろうと。
角:そうなんです。
若:ストイックですよね?
角:あ、でもね、わたし限りなくズルできるんです。得意なんですよズルが。学生の時からそうだったので、ほっとくとズルをしがちなんですよね。だからズルをしないって決めておけば、気をつける。
若:でも小説ってズルってないですよね?
西:いやおもしろい話あったよ。出会いのシーン。
角:あ〜うんうん、意外とあるんですよズルが。例えば2人の人間が会う時に、どうしてこの2人がその場にいて会ったのかを、自分が信じられるようなシチュエーションで丁寧に書かなきゃいけないんだけども、やっぱズルをしちゃおうかなって時は、パンとぶつからせてみたいな。端折るって言うんですかね。
若:あ〜ネタ書くときやってんな〜ズル。笑  なるほどね〜、必然性をそこでもう1つ踏み込んで腰すえて考えるか、とかね。でもそれ突き詰めたらキリがないですね小説だったら、もしかしてね。
西:うーん、それも線だよね。でも信じられるっていうことが1番大事かも。オチがこんな図書室であっ!なんて…て思って書くとダメだし。
若:ズルをして自分がしんどかったからズルをやめようと思ったんですか?
角:そうですそうです。苦しいですね〜。
若:ズルしないで書き上げた小説は、自分でやったなって気持ちはある?
角:でもね、書き終えても書き終えても、ズルした気がするんですよね。
若:あ〜、でも永遠ですもんね、ここ頑張れた頑張れてないって。完璧はないってことですよね、100点は。西さんはどうですか?
西:後々な、ある。わたしはデビューした2作目が「さくら」で、そこで主人公のお兄ちゃんが事故にあって苦しんで自殺するの、当時はそれを本気で書いたの、でも後々ずっと死なせることはなかったってずーっと考えてた。そういう事故にあって死なせるって、駒やんって思った。登場人物を駒として、それで家族がまた団結してって、その無駄に死なせたっていうのがずっと苦しくて。だから「サラバ」って小説書く時は、絶対そういう神様がアクシデント与えたとかじゃなくて、髪の毛が薄くなってきたとか誰にでも起こることで変化させていこうっていうのをすごい誓った。でも当時さくらは、殺しちゃえなんて軽い気持ちで書いたわけじゃないけど、ズルはずっと苦しいから、しないで苦しむ方が楽しい。ネタである?ズルしたなーって。これやったら絶対ウケるけど、ウケた後気持ち良くないとかある?
若:ズルをしないと、難しくなっちゃってウケないことがあんだよね。設定をね、俺も本当はジャルジャルみたいな漫才やりたいんですよ、本当は。でも春日と組んでるから、どうしても設定が「引っ越し」とかなるんですよ。価値観のズレとか出て、あいつ肩幅広すぎて似合わないんですよね。だからズルというか、もうちょい考えた方がいいんだけど年齢的にもキャリア的にも、でもねーお葬式ぐらいで止めておいた方がいいとか。
西:それ苦しい?
若:相方に腹たつね。笑
 
西:バラエティーでは?ひな壇に立つときとか。
若:めちゃくちゃズルしてるね。
角:その場合はどういうのがズルっていうんですか?
若:まずい物をうまいって言ったりとか。
角:それはズルじゃないですよ。お仕事ですもんね。
若:あ〜仕事上ズルはしてないってことですかね結果的に。
西:だから心キレイくない?  それをズルって思うんやもん。よう生きてるなと思うで、すごい心キレイやねん。いやウチら感動するよね。テレビが悪いわけじゃないけど、そういう人がいるんやーって。傷だらけやんって思う。
若:いやそんなつもりじゃないですけど。でも失礼かもしれないけど、いろんな作品が出てきちゃいましたね今の話聞いてて。あーあそこズルしてるなって。笑
西:いらんこと言うたな。笑
若:いや、ズルとは思ってないけどそう思ってたことがある。
西:例えばウチも小説読んでて、小説閉じたときにこんなムチャクチャな設定なのに最後まで信じさせてくれたってのがあるじゃない、でもたまに「ふふーん」と思っちゃうときがあるよ正直。笑   それは自分でも絶対読者に思わせないように、じゃあどうしたらいいかって自分を信じるしかない。
若:亡くなった人がいて、その気持ちを知れないとみんなが、どうにかして知ろうとするのを、あ〜日記書いてたことにしちゃったか〜って思いながら読んだこととか。
西:日記あったんかーいってね。あるかもしれんけどな〜ん〜って。笑
若:あ〜この人の職業これにしちゃったか〜とか。
西:あ〜画家か〜とかな。笑
若:ね〜。それも受け手それぞれだからね、バシッとはまる人もいるし。
西:でも超スーパーオーソドックスな題材で信じさせてくれる人もいるの。だからそれは、本気で信じて書いてらっしゃるんやなってのが伝わるから、めちゃくちゃ感動するの。逆に難しいことされてるなって。
若:わかる。そっちの方が、もっと踏み込んだ、中身が暑くないと作品として成立しないですよね。
西:そうそう。
若:僕ね、サンドウィッチマンさんが大好きなんですよ、すっごい尊敬してるんですけど、なんでかって言うと、設定がピザの配達人とかで、こんなおもしろいのと。スッゲーなって。
西:それちょーわかる。角田さんの小説もそれで、穂村弘さんって方が角田さんの小説を評して言っていたのがわかるのが、(最初の一文で誰それさんだってのがわかるのあるやん、最初の一太刀でガサーって切られる小説ってあって、例えば設定とか文体がぶっ飛んでたりして、それもカッコいいんだけど、角田さんのって正直一文一文読んでてもビックリしないの全部知ってる言葉で書いてて、)太刀が真っ直ぐきて白刃取りみたいに受け止めるわって受け止めれるんだけど、そっから真っ直ぐな目でよいしょ、よいしょって押し切られる、そういう凄さがあるって。それめちゃくちゃわかるの。
若:俺もやってみたくなるね。春日っていう太刀でググッと。笑
西:そうだね、見てみたい。
 
オススメの小説
「ズルしてない小説っていいんですかね?」
角:それはねー、開高健ですかね。もうズルどころか、スゴイですね。
若:一冊あげるとしたら?
角:じゃあ「輝ける闇」で。ベトナム戦争ルポルタージュをしに行って、現地で自分が見聞きしたことを書くんですけど。戦争だから巻き込まれちゃうんですけど、そっから逃げないんですよね。その逃げなさと、言葉使いも1つのことを表現するのに足りないので、ものすごい装飾をつける、バターっぽいんです、しつこい。フランス料理みたいな。でもこんなに言葉を使っても、それを描写したいんだなっていうのが思いますね。
 
 
若:そっか最終回なんですね、あっという間でしたね〜。またやりたいですね。
西:見てても楽しかったです。全部録画してる。
若:そうですか〜!是非テレビ東京さんにお願いしたいですけどね。またね、こういう切り口で、まだまだ広がりますから。
西:面白い作家さんもね、まだまだたくさんいらっしゃるから。
若:ね〜。この番組いろいろ紹介してきましたけどね、並べてみたいっすよね。それでこの番組のDVDと並べて本屋で展開したら。
西:いいですね〜。棚作ってなー紀伊國屋とかで。ポップ書くよなー。
若:モニター付けてこの番組流しながらとかね。
西:めっちゃいいこと言うやん。
若:私もね、腹黒く考えてるんでね。笑
西:いやすばらしい。