SUPERBALLING

とりあえず、好きなことともの。気になったことや疑問。独断と偏見に満ちた妄想。あたりで書いてます。

Twitterログ 6/14(火)メモ、ほぼ日メモあり

 

 

 

ほぼ日、今日のダーリン 6/14

・ずいぶん昔のことになるけれど、
 お元気だったころの任天堂の山内さんが、
 こんなことを話してくれた。
 「任天堂は、不要不急のものを売っとるのや。
 誰にも必要なものやないんや。
 おもしろくなかったらほんとうに要らんのや」
 社内社外、おおぜいの人がそのことをわかってない、と。
 出すもの出すものが大ヒットしている状況のなかで、
 これを聞いたときに、ぼくは、なんだかわくわくした。
 
 人気絶頂のアイドルグループをいくつも抱えた事務所が、
 「うちは不要不急のものを売ってるんです。
 魅力的じゃなかったら、すぐ客席はがらがらになります」
 なんて言っているのと同じことだ。
  
 生きることのなかでの、歌や花や遊びの大切さを、
 これまで、ぼくもなんどでも語ってきた。
 しかし、それは、人が余裕をなくしたときには、
 かんたんに捨てられてしまうような種類の
 「大切なこと」にしかすぎないとも言えるのだ。
 戦後の食料を手に入れるために、
 タンスの中の着物と交換した、というようなことが、
 これからあるのかと言えば、そういうものでもないが、
 「それどころじゃない!」という呪文は、
 いつでも人の口から飛び出すと覚悟しておくほうがいい。
 現に、大きな事件や災害があったあとには、
 さまざまな方向から「不謹慎だ」という声が、
 あちこちにこだましていたではないか。

 「なくてはならないもの、ではない」ものの市場は、
 「なくてはならないもの」の市場よりも
 おもしろそうに見えたり、たのしそうだったりする。
 「確実にこれくらいの人が必要としている」
 なんてことは言えない商いをしているのだ。
 商品(コンテンツ)が「できた」では「できてない」。
 できてるだけでは、「なくてもいいもの」のままなのだ。
 おもしろい、きれい、たまらん、すてき、かっこいい
 という計測しにくいほめられ方が、ちゃんとできてるか?
 「まぁ、いいか」程度も含めてもセーフかもしれない。
 山内さんの、あのことば、ぼくはずっと憶えている。

今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。
「それ、おもしろいか?」という魔法のことばがすべてだ