読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

SUPERBALLING

とりあえず、好きなことともの。気になったことや疑問。独断と偏見に満ちた妄想。あたりで書いてます。

「ご本、出しときますね?」2

なんとなくメモっておく番組が増えました。

これの続き。

ゲスト3人で2人づつ、計3回が1セットになるかなって思ったので、ここでメモっておきます。

 

 

質問「小説の中や私生活で使わないようにしている言葉や表現ってありますか?」
長:「〇〇と返した」って絶対書かない。ここ10年ぐらいでしかひろまってない言葉で、20年先にもたないような気がするから。当てずっぽうの勘だけど。
西:固有名詞の選び方にセンスが出る。私は、「エッチ」「チュー」を言わない。新しい言葉で、使うのが恥ずい。他の人が使ってるの見ても、大丈夫か?無理してへんか?って思っちゃう。男の人の方が配慮して使ってくれる時が多かったりするけど、その配慮が苦しい。
 
「大人になっても誰かに怒られることってありますか?」
長:なかなかない。年下と付き合うようになると、叱らなきゃいけないんだって思う。でも、怒るのってちょうどよくできるのがなくて、だいたい言い過ぎるか言い足りない。
 
長:小説の方が作家より頭がいいと思う。文書は推敲して選んだものがアウトプットとして出るから、絶対頭がいいものになる。
 
「派手なメガネをしているインタビュアーは信用しない」
若:経験上なんですけど。派手っていっても相当派手なやつで、真っ白な縁にアゲハチョウが立体でついてるような。土足で入ってくるし、受けてる側なのにその人のご機嫌を取らなきゃいけない感じになったりとか。
 
「車の中で、パトカーや警察官とすれ違う時は大声で笑うように心がけている」
西:笑ってる人を捕まえようとするかな?って思って。
 
「ある人から文庫本の解説を頼まれたら、その人には自分の文庫本の解説は頼まない」
長:文庫本は解説が楽しい。自分が読者の時も、解説がおまけでついてるのが文庫の嬉しさ。自分が若い頃、Aという作家の文庫を読んでBという人が解説を書いてると、読書の興味がそこから広がる感じがして今度はBの本を読んでみようってなってた。Bの人のを買ったら解説をAが書いてると、なんか回れ右感が。今度はCって広がっていく感じを期待してたのに、なんか削がれる感じがあって。読者が作家を知るきっかけを作るために、自分は違う人に頼むようにしている。
 
「憧れの人やスーパースターにまつわるオススメの一冊は?」
西:スティーヴン・ミルハウザーの「エドウィン・マルハウス」主人公のエドウィンが天才で、その自伝をエドウィンの友達が書いてる作品。自分の憧れの人がこれだけ近くにいることの喜びとか、ディテールが細かくて、最後にどんでん返しもあるんやけど。めちゃくちゃおもしろいから読んでほしい。
 
 
 
質問「エゴサーチしていますか?」
朝:めちゃめちゃしてたんですけど、飽きた。
長:twitterに限定してしている。気持ち悪くなることが書かれてることもたいしてないんで。面白かったって言ってもらってると、よかったよかったと。
朝:名前で検索することはなくなったんですけど、著作名とか、出た番組あったら番組名とかで検索すると、余計な悪口をシャットダウンできるんですよね。
 
「自分の作品について言われて嬉しかったことは?」
長:すごく地味なことなんだけど。連作短編で1話目の名前を漢字1文字にして、2話目の名前を2文字にしようと。そしたら3話目は、たいていの人は三文字か倍の4文字っていうテンポだろうと思うところを、すごい長い題名にしたんですよ。それに悦に入ってるのは俺1人だったんだけど、「流石だ!」みたいな感想もあって。
朝:僕はすっごい怒ってる読者が嬉しい。怒るっていうことは、その人のすごく大事なところを乱されかけたっていうことだと思うんですよね。共感しましただと、あまり思考回路を働かせることが出来なかったというか。
 
「タイトルはどうやって決めていますか?」
若:タイトルは最初に決めるんですか?最後に決めるんですか?
長:バラバラです僕は。「ジャージの二人」っていう作品は、ジャージの二人って言いたいって。文芸誌の目次の中にそれのってたらおかしいだろうと思って。まぁジャージの二人のことが書きゃいいんだからね。
朝:タイトルが最初に決まってる時の方がテンション高く書ける気がする。
 
「嫉妬する作家はいますか?」
朝:嫉妬しかしてないんですけど。基本的に。リスペクトもありますよ、当然。対談記事の行数とかチェックしますから。
僕は本当に本が好きな人からしたら、軽んじられる方なんですよね。僕はずっと嫉妬してます。まず同期、窪美澄柚木麻子水嶋ヒロなんですよね。誰も抜けてないんですよ、発行部数で。
長:僕は津村記久子さんっていう人が出てきたときに、僕のような静かな作風で、もっと僕には書けない新しい視点で書いてんのよ。具体的に言うと、僕は音楽のこととか書くときにロックコンサート世代なんだけど、僕より下がロックフェス世代。津村さんはロックフェスで普通に書ける。それは頑張って取材して後追いしても絶対にムリだから、それはね打ちのめされた。
朝:東村アキコさんっていう漫画家が、「魔法を使えるようなりたい」って言ってるのみて、すごい共感したんですよ。ペンをパッとやったら漫画ができるみたいな状態までいきたいって話してて。
 
「安易に弱者の味方をしない」
朝:これは僕です。これはすごい難しい問題で、考えていかなければならない問題だと思うんですよ。作品書くことによっちゃうんですけど。どうしても友達をいない人を主人公にした方が応援されるし、共感されるし、例えば今だったら本買う人って本当に高齢者の方が多いので高齢者の人を安心させる話とかが売れるんですよね。そこに手を染めてしまっていいのかっていつも考えるところで。僕ロイヤルホストが大好きなんですけど、ロイヤルホストはマーケティングを全くしないんですよ。会社の中にマーケティングと名のつく部署がなくて、すごく僕調べたんですけど。秋だったらキノコのフェアだったりとかファミレスの人たちはやるわけですよね。弱者って言葉を言い換えると、大多数というかそういう感じなんですけど、フェアを他のところがやってる中で、ロイヤルホストバスク料理フェアっていうの始めて。それは担当のシェフが美味しいと思ったからっていうただそれだけの理由でやるんですよ。CMとかポスターとか見ないじゃないですか、全部材料費に回してるんですね。春も他はイチゴとかやってる時に、ニース料理フェアとか誰も知らないフェアやってて、「マジでカッコいい」と思って。
マーケティングする人とモノを作る人は一致してはいけないんですよね。
 
「一曲だけ聴きたくてレンタルで借りてきたCDの興味のない残りの曲もitunesに入れる」
「逆に人の家でかかった曲がたまたま変でもその人の趣味なんだと判断しない」
長:何か本棚とかでも、それを見るとその人の個性がわかるとかって言うじゃないですか。嘘だと思ってて。ウチの父もモットーとして言ってるのが、たまたま友達が旅行に行ったお土産とか自分のセンスじゃないものをくれる時があるじゃないですか、そういうものを貰った縁でなんとなくかざる人が好きだ、っていうの。逆に、全部完璧なセンスにしている部屋を信用しない感じがある。普通に生きてたら、ノイズのようなものを貰ってたりするはず。そういうものをこの人は冷たく捨ててるんだろうと。
 
「今回エゴサーチの話が出たので、それに関するような何かオススメの一冊を」
長:ミランダ・ジュライさんの「あなたを選んでくれるもの」。作家のジュライさんが書いたノンフィクションなんだけど、毎日ジュライがエゴサーチしてるんですよ。一発屋とか言われてんのかとかちょーエゴサーチしてて、そのジュライさんがネットとか全然やってないタウン誌みたいなもので売ります買いますみたいなことやってる欄見て、電話をかけてはその人たちにインタビューしに行くっていう本なんですよ。その人たちは面白いぐらいにネットと隔絶されてて、自分のネットの付き合い方もそれを一つ知って付き合っていける。これはなんかおもしろかったな。

 

 

 

全部の内容を書いてるわけではもちろんないし(書き間違いもある、かも)、一番の魅力は作家さんの声やら手振りやら表情やら雰囲気やら全部を動画で楽しむことにあるので、興味がある方は是非1週間以内に見てみてください。

 

とりあえず西加奈子さんが魅力的だった。