SUPERBALLING

とりあえず、好きなことともの。気になったことや疑問。独断と偏見に満ちた妄想。あたりで書いてます。

「科学的に証明されてるらしいよ」

っていう冗談を言うのがちょっとだけマイブームだった時期が大昔にありました。笑

友人の皆様方、科学の発展に貢献してる方々、ごめんなさい。

 

何がおもろかったって、その友達の表情が目に見えて変わること。

そこから見える、「科学的に証明されてる」ということ(やその言葉)の影響力の大きさです。

 

よくよく考えると、このこと自体がなんておもろいことだろうと思って、友達で少々実験してました。自分が実際に番組等で見たしっかりした(ものであろう)ネタから、確実にテキトーに言っただけのデタラメまで。ごめんなさい。

 

 

全然関係ないかもしれませんが例えば。

自分が小学生の時に歴史の教科書にのっていた「本当にあったであろう当然の事実」のように習った人物や出来事が、今では全く違う人・出来事だったと教科書で習ってることもあると聞きます。ちょーおもろい。

研究によって化学的歴史的事実も、しっかりと「動き続けてる」ということを感じます。

それと同時に、良い意味で「それが完全な真実ではないこともある」ということをしっかりと覚えておくことができることでもありました。これは自分にとってはとてもポジティブなことです。

 

 

例えば。「こうすることが体にいいんです。実験で証明されています。」とはよくテレビで聞く言葉です。「誰かがしっかりと実験されたこと」ということは、そのことの視点・かけてくれた時間・そこからわかる事実的ものや想像できることなど多くのポジティブなことがあります。でもそれを「信じて楽しむ」ことと「盲信」することは違うと感じます。そもそも、その時点では自分が実際に体験したことではないことが多いし、その実験した人と自分の体は違うし。

これもいわゆる「精神的バランス」の問題なんでしょうきっと。

 

純粋に楽しく信頼する。自分にとってそれができるバランスをしっかりと感じていたいもんです。

 

 

なんの話だったっけ?