SUPERBALLING

とりあえず、好きなことともの。気になったことや疑問。独断と偏見に満ちた妄想。あたりで書いてます。

家の「中と外」の境界はどこに作りたいのだろう?

というとてもめんどくさい疑問がよく頭をよぎります。

生活の拠点の一部が「家」に確実にあるのだから、そこの範囲(家にまつわる諸々)について考えることが、(今の)自分の感覚や趣味趣向を見ることに繋がるかと思うので、長々と書きます。

 

いつにもましてぐだぐだ長く書くことになりそうです。お許しください。

 ①まず毎日着る「服」について。

これについては、いつ頃感じ始めた感覚かはわからないけれど「家の中と外の境界があまりない方がいいな」と自然に感じたところから、スポーツ系やアウトドア系のもの(特に素材)を気に入ったりよく見るようになりました。

だいぶ以前は、襟がついたシャツやジャケットや、いわゆる「綺麗め」なものを多く着ていましたが、それについていつか「窮屈感」を感じることが多くなったからです。(今でももちろん着たりしますよ。割合の話です。) 家に帰ってきてゴロゴロしたい感覚なのに「綺麗め」な服がそれに歯止めをかける、ちゃんと脱ぎなさいよと。汚れがつくよ、傷みやすいよ、崩れるよと。自分で好きなものを選んで、快適でいたいだけなのに、なんで無意識にでもこんな風に感じているんだろうと疑問に思って変わっていきました。(自分がどれだけめんどくさがりでものぐさかも学びました。外と中をコロコロ意識を変えて楽しめる、すぐ着替えればすむじゃんと着替えを楽しめる方にはこの窮屈感を感じるわけはないので。)

また、自分が金持ちで家の広さもありどれだけ服を持ってもいい状態ならまだしも、そうではない私には、できるだけ中と外を一緒にしたいという気持ちも多くなりました。(今となっては大きい家もいらない感じですが。これも大きい家を維持する労力がいらないというめんどくさがりです。)なぜかデニムも増えはじめてました。

ところで外はというと、色んな場所に汚れをあまり気にしないで動けるようにしたいという気持ちが多くなりました。これは少年の感覚に戻っているというか自然ともう少し身近になりたいというか。全身をモードで綺麗に固めまくってる人から自然の匂いがしないことに違和感があって、コンクリートなどの平面な距離感に近すぎるんじゃないかと。偏見です。そのため、スポーツやアウトドア系の素材を、デザインに凝って日常服に(とがってモードにも)寄せていってくれた服には大変興味があります。それは今でもたくさんあるので、よく探しています。

一旦「服」の結論。「中と外の境界はない(少ない)方がいい」というなうです。

 

②インドアの楽しみといったら、「映像と音楽」。

これについては、近所の人の邪魔にならないよう「境界がなければならない」ですね。一気に壁などの物理的な話になってしまいましたが。(地元の田舎では、近所迷惑というものをしっかり意識したことがほぼありませんでした。家同士の距離があるということのメリットですね。)これは都会育ちの人たちの、「都会人らしさ」を生んでいる一つの要素になってるんじゃないかとさえ思います。ある意味の「細やかさ」ですかね。

話がそれちゃってましたが、特に音楽の楽しみ方というのは都会では難しいですね。耳にイヤホンをするのではなくスピーカーから音を出してききたい、ちょっと窓も開けたい気分っていう時が多々あるんですが、窓を開けると周りの人たちを気にせざるをえないですからね。自分としては、「街中歩いてたらどこかの窓から音楽が聞こえてくる」なんて普通におもしろいんですけど、それはあまりに個人的趣味すぎますしね。

音というものが視覚に比べてすごいな部分って、パワーさえあれば360度どこにでも超えていってしまう部分だと思うんですけど、それゆえにさじ加減が難しすぎる。

「境界がなければならない」というなう...。ここをどうにかできれば面白い気がします。

 

③本について

これも大変に難しい問題です。物欲と同時に、難しい問題です。ただ読んで知識として学びたいのなら電子書籍でいいと思えるのですが、どうしても紙で買いたい・とっておきたいものもあります。これについては最低限の場所が必要です。こう書いていると、「自分の好きなものにすぐにアクセスできる場所」というのが、自分の家の感覚に近いかもしれません。好きなものとの距離感というのも大事ですね。ものを楽しむにも考えるにも、そこから何かをひねり出すにも。

 

④そもそも家のある「場所」について。

特定の場所をもたないで泊まる場所を渡り歩けばいいじゃないか、または家を動かせればいいじゃないか、という二つのよくあるネタですね。(愛着もあって住み着ける場所を決められた人は別。今のご時世それをしっかりできている人は素直にスゴイと思います。尊敬。)

究極的に断捨離が進み、時間を最優先して場所を選びたいという人がやっているのが「渡り歩きパターン」。これを実践しているのはごく少数でしょうし、そもそも結婚をしている人には少なそうです(それか短期間離れてくらしているか)。この人らが結婚したらどうするのかというのは興味があります。自分は、どれだけ金をもっていたとしても、この方法とはまだだいぶ距離がありそうです。それは、自分が物が好きなこととそこから多少なりとも良い影響を感じている(きっかけになっている)から、渡り歩けるレベルまでは断捨離ができないだろうということと、どこかに「置いておくスペース」だけ借りるにも、それでは「触れたい」と思うタイミングにうまく添えないだろうということ。

「家を動かせればいいじゃないか」的感覚の方が自分には近いかもしれません。よくアメリカの方でやられている方の記事の特集が雑誌にのったりしています。トレイラーで生活するやつなどですね。メジャーリーガーがトレイラー生活しているのがビックリされているのがのっていましたが、むしろお金があるからこそそういう生活をしたいと思うのではないかとも思います。(現状、固定の家をもたないからこそお金がかかることがたくさんあると思うので、貧乏ではできなそう)

行きたい場所、会いたい人、そのような流れに合わせて気分で家の場所を選べるというのはとてもおもしろそうです。自動の自動車が出てきたらなおさら。笑 寝る前に場所選択して、朝その場所の風景で起きるなんて毎朝ドッキリできそうです。

とりあえず家の場所にこだわらない(こだわれていない)現状はあるので、むしろ場所に愛着をもって永住するぐらいの気概の人に、どんな感情を持っているのかゆったり聞いてみたい。

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①〜④を書いてみた結果、どちらかというと「家=自分より物」という結果があるようです。まだまだ物欲はおさまりません。

そして、「俺はどれだけぼっちなんだ...」という傾向も更に浮き彫りになりました。笑

家族と暮らしている人にも色々と聞いてみたいですね。