SUPERBALLING

とりあえず、好きなことともの。気になったことや疑問。独断と偏見に満ちた妄想。あたりで書いてます。

「単語」

改めてキャッチコピーをいっぱい考えようとして、一つの単語単語を自分なりに深く追って見ると、そこにどれだけの意味が込められているのだろうと驚きます。

 

単語の単からは、一つのシンプルなまとまったものってイメージがなんとなくわくけど、ぜんぜん違うくね?

 

「言葉」とはよく言ったもので、まるで一つの語という葉っぱの中に、過去の体験・感情などが葉脈のようにウネウネと彩っている。感じがします。

 
一つ一つをずっと考えていると、どこかで「言葉の境界」が曖昧になる感じがします。単語の意味が曖昧になって、違う言葉とつながりそうになれば、何かおもしろいものが見える気がしないでもない。
180度違う位置の葉っぱと葉っぱを見ていたら、同じ茎にたどりついちゃった的な。
 
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また全然流れは違うけど、コピーを考えててずっと感じてた疑問を言葉にしてみました。
「コピーは、コピーなんかじゃない」。(ひねり出した言葉は、単なる写しじゃないんだよ)プロでもないのにそう思います。
 
この流れで。
好きな広告クリエイターさんがこのように書いていました。
(広告代理店という言葉に対して)「代理。 僕が大嫌いな単語。代理。僕たちは代理じゃない。当事者なんだ。でもきっと代理なんだろうな。NO。ふざけるな。あなたは代理になりたいですか? 俺は当事者でありたいんだ。あなたは違うの?」と。
 
この言葉に込められている熱は、広告の仕事に対しての気持ちだけじゃ収まらないんじゃないかなって思いました。
いわゆる「自分自身の姿勢」の話なんだと思います。
 
好きは偉大。